一般的に、犬と猫は仲が悪いとされている。
だが、何事にも例外というものはある。
まだ小さいからと東方司令部に連れてこられているホークアイ中尉の愛犬・ブラックハヤテ号はその例外に入る。
遊んでもらいたい盛りの子犬は、隙あらば構ってもらおうと子猫をうかがっていた。
子猫の方もやはり犬を恐れるような猫ではなかった。自分よりずっと大きな野犬にも勇ましく立ち向かい完勝する姿も目撃されている。
そんな彼からすればブラックハヤテ号は面倒を見てやらねばならない保護の対象であるようだ。
ヒトの年齢に換算して揃えて考えると、どうやらエドワードよりもブラハの方が年下であるのがその主ら理由らしい。
もっとも、身体の大きさはブラハの方が一回りほど大きい。
ころころとした子犬が小さな子猫に遊んでもらおうとしている光景は司令部の面々の眼をなごませた。
しかしながら、今現在エドワードは『月刊・錬金術の友』に没頭していた。
子犬どころかページめくり係の大佐さえ意識のうちに入れていない。
「ブラックハヤテ号。邪魔しちゃダメよ」
飼い主の言葉は注意と言うよりは助言だった。
集中しているエドワードには外野が何を言っても無駄だった。司令部の人間ならもう誰でも知っている常識だった。
だが、幼い子犬にそれは分からなかったらしい。
主の言葉に首を傾げ、とてとてと歩み寄って子猫の読む本に足を載せた。
「あ」
すいっと子猫が頭を上げる。すがめた視線は鋭い。
が、ようやく気付いてもらえたことに喜び満面の子犬のつぶらな瞳に意気をくじかれる。
あえて翻訳するならば「何して遊ぶ?何して遊ぶ?ねえねえ何して遊ぶ?」と言ったところだろう。
ちなみに東方司令部の偉い人も、たまに同じ事をやっては子猫に無視されすげなくされてたりしているのだが、本人のなけなしの名誉のために名前は伏せておく。
「…にゃ」
低く小さな声でエドワードはうなった。
だが子犬には通じない。きらきらと瞳を輝かせしっぽをぱたぱたと振っている。
「…なあ、犬と猫って言葉通じるのかな」
「猫と人間程度には通じるんじゃないですか?」
ひそひそとハボックとフュリーが会話をする。
エドワードの機嫌がどんどん低下していくのにいたたまれずについつい小声になる。大した意味はない。
子犬はとうとう両足で本を踏んで乗り上がった。
とうとうエドワードが毛を逆立てて「しゃーっ!」とうなり声をあげた。
その剣幕にさすがの子犬も驚いてびくりと片足を下ろす。
子猫は子犬を睨みつけながらなおも喉の奥でぐるぐるとうなっている。
「ブラックハヤテ号。後にしたまえ」
なだめるようにまだふくれている子猫の背を撫でながら、マスタングは子犬に言った。
彼は子犬に大いに同情していた。
子猫に構ってもらいたい気持ちは非常によく分かる。だが、駄目な時は駄目なのだ。
特に今は、子猫のお気に入りの錬金術師の連載記事にさしかかったところだったから余計に駄目なのだ。
しゅん、としょげかえる子犬を一瞥するとフンと鼻を鳴らし、子猫は雑誌の中へと戻っていく。
すっかりと肩を落とし(犬の肩がどこにあるのかよく分からないが気分的に)すごすごと距離を置く。
子猫はいつものようにぽん、としっぽでマスタングの腕を軽く叩いて合図を送る。
そうしている間にも子犬はちらりちらりと子猫の方を見る。
マスタングがページをめくると、ばっと顔を上げる。
彼の中では、「あの本を読み終わったら遊んでもらえる」と決まっているらしい。
その辺りは人間には判らない猫と犬との共通言語で取り決められたのかもしれない。
めくるたびにわくわくと子犬の期待が高まっていくのが分かる。
10枚もめくられた頃には身を乗り出すようになり、しっぽもせわしなく振られている。
「…なあ、誰かブラハに教えてやった方が良いんじゃないか?」
「本が1冊だけじゃないってことをですか?」
「気付いてないだろ、あの分じゃ」
今日は『月刊・錬金術の友』と『季刊・暮らしの錬成』、そして『隔週刊・錬金ジャーナル』の発売日がたまたま重なってしまっていた。
その上かねてから子猫の読みたがっていたバックナンバーと別冊も中央から届いたばかりだった。
本日執務室に入ってくる子猫の足取りが格段に軽やかだったことは言うまでもない。
「けどどうやって教えるんですか?犬に。」
「別に犬の言葉でなくても良いんじゃないか?待てとかだったら人間語でも通じるし」
無論それは訓練のたまものである。単純に「言葉が通じる」と断じて良いものなのか判じかねてフュリーは首を傾げた。
「…しかし、通じたとして言えますか?ブラハに」
ファルマンが冷静に指摘する。
指さす先にはぱたぱたとしっぽを振って今か今かと待っている純真そのものの子犬がいる。
とうとう1冊目が読み終わると子猫は満足げにひげを揺らす。
待ってました、とばかりに子犬は子猫に飛びかかった。不意をつかれた子猫はそれでもどうにか半身はずらして直撃は避ける。
勢いの着いたまま子犬は子猫のしっぽを巻き込んで転がりながら飛び込んでいく。
その先はどこかと言えば、ページめくり係のふところだった。
「ぎにゃーっっ!」
なかなか滅多に聞くことのない子猫の悲鳴が響き渡る。
すぐに身を翻して子猫は手近なものによじ登り毛を逆立ててうなり声を上げる。
すなわち、肩に登られたマスタングは耳のすぐ傍で子猫の怒り心頭の声を聞くことになった。
机の上のマスタングの胸元に転がった形のブラックハヤテ号はきょとんと子猫を見上げている。
何を叱られたのかよく分かっていない様子だ。それどころか、どうやら遊びの一環と判断したらしい。
ころりと転がり体勢を立て直すと嬉しそうに子猫の登る場所めがけて飛びかかる。
それが軍の大佐様で国家錬金術師・銘は焔のロイ・マスタング様であることなど今この瞬間の子犬には全く意識の外のことだった。
「あ、なんか楽しそう」
「そうか?」
ブレダが嫌そうな顔をする。
「と言うか楽しそうなのはブラハか大佐かどっちなんだ?」
「ある意味犬猫天国だよなあ」
「そう思うなら替われ!お前達!!」
うかつには動けない状態で上司が怒鳴る。
いつもならばとにかく興奮状態のエドワードを落っことしてしまわないとは限らない。
その上子犬の力いっぱいボディアタックももれなく付いてくる。
やれやれ、と言った様子で少尉と中尉が動いた。
「ブラックハヤテ号、待て!」
「はい大将も、落ち着いて」
ハボックがマスタングの肩からエドワードをひょいとつまみ上げてまだふーふーと言っている落ち着かせるように撫でる。
ブラハは飼い主の号令にびくりと固まっている。ぴしりと鼻先を弾かれる。
「邪魔をしては駄目だと言ったでしょう」
今度こそ叱られたことが分かって子犬の目に反省の色が浮かぶ。
だんだんとなだめられた子猫が、ハボックの腕の中から子犬を見やった。
やがて、仕方がないか、と言うようにふらりとしっぽを揺らしてするりと腕から降りてブラックハヤテ号のもとへ行き、その鼻先をぺろりと舐めた。
基本的に、彼は子供には甘い猫だった。それは人間と動物とを問わない。
「本なら明日でも読める」と自分を納得させたのかもしれない。
遊ぶんじゃなかったのか?と首を傾げる子猫に子犬は目を丸くした。
「遊ぶのなら机の上ではなくて向こうに行ってちょうだいね」
もちろん、中尉の指示に従わないエドワードではない。
子猫はしっぽを一振りして子犬を伴い邪魔にならない場所へと移動した。

(120306)
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