「散歩かね?」
そう声をかけられた彼は振り向いて、凍り付いたように動きを止めた。瞬間的に全身の毛が逆立った。
猫にすら気配を覚らせずに、そこに国家最高権力者はのほほんと立っていた。

「ご一緒させてもらっても構わんかね?」
ブラッドレイはそう申し出たが猫からの返答はもらえなかった。
一声鳴くでもなくくるりと向きを変えて再び歩き始める。
嫌ならばきっと逃げるだろう。そうでないのは肯定の印だと勝手に判断してその後ろを着いていく。
空はどこまでも晴れ渡って高く、爽やかな風に植え込みの葉がさわさわと揺れる。
撒いてきた側近の、大総統を捜す悲痛な声もここまで来れば聞こえてこない。実に快適だった。
子猫は気ままに人気のない軍部内を歩いている。ここまで子猫と大総統は一人の人間にも出くわしていない。
「誰にも見付からずに外まででられるかな?」
興が乗ってそう問いかけてみると、初めて子猫が振り返ってブラッドレイを見上げた。
ふるりとしっぽを振ってほんの少し足を速める。
着いてこいと言うことだろう。ブラッドレイは素直にその後に従った。
子猫は施設内を熟知していた。ようやく人一人通れるような通路や死角になるような建物の縁を縫うように、だがしっかりとした足取りで抜けていく。
当然警備のシフトも考慮に入っているらしく、どういう訳か誰も居ない通用口にたどり着くまでにとうとう誰にも会わずに済んでしまった。
「警備体制を見直すべきなのかな?」
思わず呟いた大総統を見上げてエドワードはわずかにひげを揺らした。
そのまま外へと数歩歩いたところで、ふと足を止めて振り返る。
「どうする?」と聞いているようだ。
無論、ブラッドレイはそのまま散歩を続行した。

子猫の歩く道は人通りが極端に少なかった。
自由勝手に道を選んでいるように見せてそれなりの配慮をしているのだろう。人通りも少ないが物陰も少ない。
「時々君が酷く羨ましいよ」
子猫の長い尾の先がふらりふらりと揺れるのを見ながら、独り言のようにブラッドレイは言った。
「君のように自由な生き物に生まれてみたいと思うよ」
子猫は聞いていたとしても聞き流すだろう。そう思っていたのに、エドワードは振り返って真っ直ぐにブラッドレイを見た。
その目が存外に強かったので、ブラッドレイは軽く目を瞠る。
「うん、まあ望めば何でも叶いそうに見えるかも知れんがね」
子猫が赤い首輪に下がる銀のメダルを揺らしたのでそう答えた。
自分に首輪まで着けておきながら何言いやがる。そう聞こえた気がしたのだ。
「君が猫に生まれついたように、私も大総統になるように生まれついたようなものなのだよ」
子猫は目をすがめた。
きっと子猫には理解出来るまい。そう思ったからこその述懐だ。まして返事など望んではいない。
だが子猫は小さく「にゃあ」と鳴いた。
「うん。私は私以外の何ものにもなれない。『ここ』から自由になることなど決してないだろう」
「なぁお」
「うん?ああ、諦めている訳ではないのだ。…何と言えばよいのかな。初めから自由になることなど考えたこともなかったのだ」
金色の目が炯々と輝いて、この国の独裁者を見詰めている。
答えるのが難しい、単純明快な質問を突きつける子供に相対しているような気分でブラッドレイは微笑んだ。
「ただ、君を見ていたらそう思っただけだ。」
日溜まりの中に佇む彼は陽の光の全てを味方に付けているように見えた。
しばらくじっとブラッドレイを見ていたが、ふいっと子猫は方向を変えて歩き始めた。
ブラッドレイが着いてこないのに気付くと、「にゃあ」と鳴いて呼んだ。
それから後は、彼が足をゆるめることはなかった。
ブラッドレイが着いてくるのが当然であるかのように振り返りもせずにどんどんと歩いていく。
少し変わったのは、たどる道が少々ハードになったことぐらいか。
それまでは裏通りや街の中に突如ぽっかりと空いたような空間を抜けることが多かったが、今度は塀の上だとか廃屋の中を堂々と素通りとか渡り廊下の屋根だとかある意味より猫らしい散歩コースをたどることになった。
子猫の彼にはなんて事のない道だっただろうが、人間の大の大人には少々辛い。不思議なことに、やはり人に出会うことはない。
だが困惑こそすれブラッドレイはすいすいと彼の後を着いて道なき道を抜けていく。
知ってか知らずか子猫も頓着せずに歩いていく。
そうしてそこにたどり着いて初めて足を止め、ブラッドレイに「見ろ」と言うように眼下を示した。
いつの間にか、彼らは古い鐘楼の上に出ていた。
青錆の浮いた鐘の下で子猫は吹く風に心地よさそうに目を細める。
今は使われていない鐘楼の割れた屋根瓦を踏んで、ブラッドレイは子猫と同じ方角を見た。
「なぅ」
ブラッドレイには、子猫が何を言いたいのか分からなかった。
それどころか、何を思ってこんな所まで連れてきたのか、本当は何を見せたかったのかも分からない。
淡い色の空の下、雑多な建物がごちゃごちゃと並び軒を連ねているセントラルシティをぼんやりと見ていた。

日が傾くまで呆然としていたらいつの間にか子猫はどこかに消え去ってしまっていた。
仕方がないので大総統府まで戻ると、結構な大騒ぎになっていた。
側近のくどくどしいお説教を右から左に聞き流して執務室に戻ってみれば、金色の子猫が絨毯に埋もれるように座って待っていた。
「…エドワード?」
「にゃ」
涼しい顔で鳴く。
「閣下、追い出しましょうか」
「いや。それより彼に何か食べる物を…ああ、それより君は本が好きなんだったかな」
本、の一言で子猫の目がきらきらと輝いた。あからさまな様子に苦笑が漏れる。
「彼を書庫に案内するように。彼の読みたいものを読ませなさい」
「は?しかし…」
「今日半日の報酬を支払わねばならないのだよ。それで良いかね?」
子猫に念のための確認を取れば、満足げに喉を鳴らす。
ブラッドレイも目を細めて頷いた。

(300905)
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