本と大佐の間というのが、読書の時の彼の定位置だった。
中心よりはやや右より。そうすると、ページめくりの指示を出しやすい。
大佐が不用意にページを繰ろうとすれば、その右腕をしっぽですっと止める。
「…本を読んでいるのは私だぞ、エドワード」
そんなぼやきは全く耳に入っていない。目も耳も何もかも、全神経が本の内容に没入している。
その脇に、弟猫が丸くなって兄同様に字面を折っているがこちらは時折、大佐を気にかけているようだった。
「にゃ」
小さく弟猫が鳴くと、『どうした』というように鼻先を動かした。左耳も、そちらの方にぴくりと動かす。
マスタングは非常に理不尽な思いに駆られる。
猫の囁き声と言おうか、小さくかすかな声で鳴き交わす。
普段ならエドワードという猫は表情豊かで意思をはっきりと表すのに、弟猫との会話は全くの猫族のそれで内容が全く理解できない。
少し考えてみればそれは当たり前の話ではある。普通猫の言葉は分からない。
だがその時は何故かマスタングは酷い疎外感を覚え、自分が全く不当に扱われているような気がしたのだった。
「ぅな。」
それで話は付いたのか、兄弟猫は再び本の中身へと意識を戻す。
「エドワード」
いらいらと呼んでみるが、既に集中してしまった子猫の意識は人間に向くことはない。
弟猫が申し訳なさそうな目で見上げてきたのがまた言われもなく屈辱的だった。
(見慣れてくると弟猫も兄猫に負けず劣らず表情は豊かだった。しかし兄猫ほど常軌は逸しておらず、猫の標準の範囲内に収まるようだ。…多分、おそらく。)
「エドワード。呼ばれたら答えなさい」
端で見ていた部下たちは「大人げない。」と皆一斉に思ったものだったが本人は全くの本気だ。
子猫相手に構ってもらえないからという理由で憤慨してる。理由が理由なだけに、大人げない。
司令部の面々は皆一様の意見を胸に秘め決して口には出さなかった。
このしっぺ返しは程なく返る。
そんな予感があった。
「エドワード!」
声の調子が強くなる。
すると、子猫に動きが見えた。
ぽん。
………ただの「ページをめくれ」の合図だ。
大佐の声なんざ聞こえちゃいなかった。どこからともなく失笑が漏れる。
どこかおろおろと弟猫が見ている。
なかなかページをめくらない大佐に焦れたように何回もぽんぽんとしっぽで叩く。
それでもめくらないとなると、ようやく振り向いて大佐を見上げた。
「エドワード。人にものを頼む時の態度はそうじゃないだろう」
意識が自分に向いたのを見て、どこか満足げに大佐は言った。
すっと子猫の目がすがめられる。ほんのちょっとひげを揺らす。
そうして、声を出さずに「なぁお」と鳴いた。
確かに口の形は「なぁお」と開かれたが音にはならなかった。そしてするりと手首の辺りをしっぽで撫でるとまた定位置に着いて視線を本に戻す。
一瞬、何が起こったのかマスタングは把握できなかった。
それは敢えて人の言葉に翻訳するならばおそらく「いいからさっさとページをめくりやがれ」に違いなかったがしかし、大佐はあっさりと陥落してしまった。
またぽんぽんと腕を叩かれてはっと我に返り、子猫のためにページをめくるのだった。

東方司令部では、よく見られる光景である。

(140905)
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