非常に稀な非番の日の昼下がりに、それなりに稀なものを目にしてリザはその足を止めた。
2ヶ月ほど前に彼女の上司が拾ってきて以来、しばしば軍部内で目にする金色の子猫が、雑踏の中じっと立っていた。
その目はどこか遠くを見通そうとするように中空に据えられて、ピンと立った耳は余計な喧噪など入れもしていないようだった。
一体どの位目を凝らし、耳を澄ませていたのだろうか。
穏やかな風が向きを変えたかと思ったら、彼は不意に走り出した。
並木の坂道を真っ直ぐに駆けていく子猫に、転がる金貨を追いかける心地でリザは着いていく。
時折足を止めては風を確かめるように耳をそばだて、方角を定めると真っ直ぐに駆けていく。
その足はどんどんと速くなり、いくつもの角を曲がるので見失わないように必死で走る。
走りながら、何故追いかけているのかリザは考えようとした。
考える間にも子猫はひょいと角を曲がってしまうので、思考は一時停止させ、がむしゃらに追いかけなければならなかった。
(あの子は私には気付いていないのかしら)
聡い子猫にしてはそれは珍しいことだった。
多分、子猫は追跡者に全く気付いていない。
一心不乱にただ何かを追いかけている。リザには聞こえない、何かの声を聞いてそれに引かれるようにただ走っている。

しかし、追跡は唐突に終わった。

子猫はある家の前でぴたりと足を止めた。
慌ててリザも少し離れたところで立ち止まる。
心なしか子猫の毛が空気を含んで膨らんでいる。せわしなくしっぽも揺れている。
まるで人間が気を落ち着かせる時のようにふーっと息を一つ吐いた。
毛繕いの方が効果的なのだがそんな暇はない様子で、昂揚したままするりと垣根の下をくぐり抜ける。
(失礼します)
声には出さずに断って、リザは軽くつま先立って垣根のうちを覗き込んだ。
何の変哲もない一般的なご家庭の、ほどほどの広さの庭が見える。
よく手入れされている花壇にはサルビアとマリーゴールドが賑やかに咲いている。
その花の間に金色の耳としっぽが見え隠れしている。
すると、向こうの方からかつかつという小さな音が聞こえてきた。
「みゃあ」
子猫が一声上げて、真っ直ぐに建物の方へと駆け抜ける。
よく目をこらしてみれば、家の中では彼によく似た子猫が懸命に窓枠を掻いている。
子猫は嬉しげに目を細めて窓の側に寄った。
鼻先を寄せて傍に行こうとするのを、ガラスがそしらぬ顔で阻んでいる。
家の中の子猫をなだめるようにしっぽをふるりと振って、彼はきびすを返した。
思案顔で見回す子猫と、ついにリザは目が合った。
大きな目を瞠ってこちらを見る子猫に、リザは小さく笑いかけた。
「二階の窓が開いているわ」
子猫は驚いたようにまじまじとリザを見た。
「君ならあの木を伝って入れると思うわ。…ね?」
濃い影を落とす庭木を指さして言う。子猫はちらりとそちらを見た。
しっかりと伸びる梢と、リザの言うとおりに開いている窓を確認するとすぐさま向かおうとして、また立ち止まる。
「?」
心の逸る様子は見付けた時から察せられた。急げばいいのに、と思っていると。
子猫は、彼の種族特有の優美さで深々と一礼した。
そうして後はリザのことなど眼中にない様子でするすると木によじ登って難なく二階の窓へと飛び移った。
子猫の姿が家のうちに消えると、リザもそっと垣根の側を離れた。
「家宅侵入教唆、だったかしら」
罪悪感の欠片もなく呟いて、こっそりと笑った。

(240805)
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