彼は結構義理堅い。
ましてや、いつもよりワンランク上のオイルサーディンを一缶添えられた上で「お願いね」と言われたのならば、その契約は必ず履行される。

一向に減る気配のない書類の山に、大佐は大仰に溜息を吐いた。
かつかつかつとペンで机を叩いてみたところで、魔法使いでもあるまいし消えてなくなったりはしない。
窓の外はさんさんと日が照っている。爽やかな風に若葉の緑が揺れる。
机上に視線を戻して、抗いようのない現実を目にする。もう一度、大きく溜息を吐く。
書類よ、貴様の存在を認めよう。それは譲歩する。
だが人間には気晴らしも必要なのだ、それを貴様も認めるべきだ、そうだな?
心の中で言い放つ。実際口に出して言ったならば変人だ。執務室には大佐以外の人間はいないとは言え、なけなしの理性は稼働した。
そうと決まれば善は急げ、と立ち上がる。
「うなぁ」
それまで窓辺でまどろんでいた子猫が一声鳴いた。
ゆっくりと振り向くと、眠っていた姿勢からほとんど動いていない。
片目だけ半分開いて、マスタングを見ている。
「…何だね」
ぴくりと左耳が動く。ただそれだけだ。
「サボるわけじゃない。そう、トイレに行くつもりだったんだ」
「なーぉ」
「それくらいなら構わんだろう」
「ぐなぁ」
低く低くうなり声すれすれの声で答えを返す。
仕方がない、と言うように窓際から大佐の執務机まで移動すると、一番最後に処理された書類を一瞥する。
そして小さく鼻を鳴らす。
いたく傷付けられた思いでマスタングは言う。
「そうは言うがな、ずっと働きづめなんだぞ?少しは息抜きも必要だろう?!」
だがエドワードは心を動かされた様子もなく尻尾で軽く机を叩く。
「そうだ!確か『錬金ジャーナル』の発売がそろそろだったろう?君も楽しみにしてただろう」
「ぐなーぉ」
マスタングの彼のご機嫌を取ろうとした発言は逆効果に終わった。
雑誌如きで懐柔できると踏まれたことがひどく気に障ったらしい。耳は寝せられ視線も冷たい。
ついでに言えば隔週刊『錬金ジャーナル』の発売日は明日だ。
いらいらと尻尾で机を叩かれる。つまり、「つべこべ言わずに仕事に戻れ」と言うことらしい。
諦めてマスタングは席に戻り、書類の山の征服を再開した。
だが、半時も経過した頃にふと思った。
何を猫一匹に気兼ねをしているのだろうか?
相手はこんなちっぽけな子猫だ。ただちょっと賢くて聞き分けが良くて、見た目がやたらかわいいふわふわの毛皮だ。
すんなり尻尾が長くてしなやかな子猫に、何故人間の私が遠慮しなければならんのだ。
この部屋にエドワードを残して出て行ったところで、彼が書類を壊す心配はまずない。
そんなことをすればマスタングに叱られる、と言うよりはホークアイの射撃の的になるであろうことは十分に理解している。
エドワードに「行かないで、構って、遊んで」と懐かれるのならまた話は別だが、そんなそぶりは全く見せない。
と言うか、珍しく仕事のない時でもマスタングに媚びることは絶対にないのだが。…もう少しあってくれてもと願ってはいる。
そんなわけでマスタングは決然と立ち上がって扉に向かった。
机の上にいたエドワードは見ているだけだった。止める声すら上げない。
内心「良いのか?行ってしまうぞ?止めないのか?」と思いつつもマスタングは執務室のドアを開ける。
ドアを開けるとそこには鉄格子が立ちはだかった。
「…何時の間に錬成したんだね」
ご丁寧に3重の南京錠が向こう側に掛けられている。
エドワードはふみゃあと大きく欠伸をした。

それからまた時間は経過した。
ぴくり、とエドワードは耳を立てて何かに気付くと、すっと扉の方へ走っていった。
鉄格子をすり抜けてその錬成を解く。
ごつい鉄格子が跡形もなく消え去ると、こつこつと小さな足音が聞こえてくる。
中尉は、執務室の扉のすぐ脇にちょこんと座っていたエドワードを抱き上げると、開いたままのドアを軽くノックして部屋に入った。
「失礼します、大佐。書類の処理は進んでいますでしょうか」
「…ああ、彼のおかげでね」
「そうですか。…ありがとう、エドワード君」
子猫はホークアイの腕の中で撫でられてころころと喉を鳴らした。細めた目が気持ちよさそうだ。
「頼んでおいて良かった。効果てきめんでしたね」
部下の会心の笑みにマスタングは机に懐いてしまい気分に陥った。
この上司が子猫には勝てないことを、改めて中尉は確信した。

(090605)
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