いつも兄さんは、いろんなにおいを連れてやってくる。
一番多いのがぽかぽかの日なたのにおい。金色の毛皮におひさまを存分に詰め込んだみたいで、太陽ごと部屋に入ってくる。
その次がかび臭い書物のにおい。古い古い本の間に顔をつっこんだときと同じにおいだ。普通の猫なら顔をしかめるところだけど、ボクと兄さんはそのにおいが嫌いじゃない。
おひさまの時とは違ってうきうきと心が浮き立つようなことはないけれど、しっくりと落ち着く気分になる。
それから、市場を通り抜けてきたときにはもらったというフリッターの油のにおいとか、甘い焼き菓子の名残の粉砂糖のにおいだとか。
とにかく、色々なにおいを身にまぶしてやってくる。
けれども、今日のはちょっといつもとは違っていた。
「何だかいい匂いがするよ」
もちろん、いつもがよくないと言う訳じゃない。運悪く足を滑らせてどぶに落っこちたという時や(その時はタイミング悪くママさんに見つかって問答無用で猫用シャンプーで洗われていた。自分が相当ひどいことを自覚していたからママさんの手にひっかき傷を作るようなことはしなかったけど、兄さんも猫並に水は嫌いだ。)嵐の最中に様子を見に来たとき(ボクが風に飛ばされるんじゃないかと危惧するよりも自分の心配をするべきだったと思う!)は別にしても、兄さんそのものの「におい」は無条件でボクにとって心地よいものだから。
今日は天気は曇り空で、ここに来る前に軍部の書庫に寄ってきたと言うこともない。
「そうか?」
兄さんは鼻を鳴らして首や肩口を嗅いでいるけど、自分では分からないらしい。
自分のしっぽを追いかけるようにくるりと回る。
「自分じゃ分からないものかもね」
「かもな。…お前は…ノミ取りシャンプーのにおい?」
そう言ってボクに寄せていた顔をしかめてそっと後ずさる。
失敬な。ボクにノミなんかいません。
いたのは隣の家の元気だけが取り柄のレトリバーで、外に脱走したときにどこかで拾ってきたらしい、と言う話をママさんが聞いてしまったのだ。
そのとばっちりでボクも徹底的に洗われた。ここしばらくは大人しくつながれたまま外にだって出てはいないって言うのに。
ボクの弁解を聞いて、そろそろと兄さんが近づいて首をすりつけた。ふわりと漂ってきたにおいは、やっぱりどこか懐かしい。
甘いようでいてすっきりと頭の芯が冴えてくるような、不思議な感じだった。
食べ物系ではなくて、どちらかと言えばいつものおひさまのにおいに近い気がする。
兄さんは少し考え込んだ。
「もしかしたら、花のにおいかもしれないな」
「花?」
「ここに来る途中で野原を突っ切ったから。丁度いろんな花が咲いていた」
そう言って窓の外を見た。ママさんとシャーリーが植えたチューリップはもう時期が終わりに近いみたいだ。代わりに白い小手毬や香水みたいな沈丁花が満開だった。
ボクはもう一度兄さんのにおいを嗅いでみた。言われてみればれんげの蜜だとか、ぽやぽやとした産毛のような柳の芽の香りに似ている気がする。
ぱちりと兄さんは目をしばたたく。
「まあ花は食えないけどな」
…軍人さんたちには卓越した錬金術の使い手、みたいなことを言われているって言うのに、兄さんの価値基準は相変わらずそれだった。
うん、仕方ないよね。基本野良猫だもんね。
言えば「その通り!」とヒゲを揺らし胸を反らす。兄さんは誇り高き由緒正しき野良猫だ。
「ボクは好きだな。いい匂いだよ」
「食えないのに?」
「食べられないかもしれないけどさ。」
毛繕いをするように、ボクは花の匂いごと兄さんの顔をぺろりとなめた。
兄さんはしばらくボクの好きにさせていたけど、やがてぽつりと呟いた。
「お前がそう言うなら、悪くないかもしれない」
「ノミ取りシャンプーよりはずっとましだよ」
「それもそうか」
そう言ってぐるぐると喉を鳴らした。

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