シャーリーとママさんの留守を見計らって、兄さんが顔を見せに来た。
パパさんは新聞の影からちらりとこちらを見て、見ないふりをしてくれた。だから兄さんも、パパさんに気付かぬふりで窓際に座る。
「元気そうで良かった」
そう機嫌良く笑う。
以前1週間ほど家出をした後、ボクにつけられた細い鎖がないのが嬉しいらしい。鎖は外されたけど、家の外には出ないようにと厳重に注意されている。
けれども外された鎖の代わりのように、兄さんの首には赤い首輪が巻かれていた。
似合っているけど、似合っていない。
「しばらく見ない間に飼い猫になったの?兄さん」
「そう言う訳じゃない」
「そうだろうね」
ボクは首輪に下がった銀色のメダルを軽くかんだ。
メダルに彫られているのは六茫星に獅子。軍部でよく見かける、大総統府の紋章だ。
そんなのぶら下げている猫がただの飼い猫ではないことはすぐ分かる。そっと見上げると兄さんはばつの悪そうな顔をしている。
「国家錬金術師になった」
「こっか…って、大佐と同じ?」
「別に軍に忠誠なんか誓っちゃいねえけどな。年1回、大総統のおっさんのところに顔出してこの首輪つけてれば国家錬金術師と同じ権限くれるって言うから」
「大総統って、軍で一番偉い人じゃなかったっけ?」
ひいてはこの国の人間の中で一番偉い人と言うことだったはずだ。兄さんにかかるとおっさん扱いだけど。
「国家錬金術師になると何か良いことあるの?」
大佐を見てるとただ大変そうなだけな気がする。
大佐に限らず、軍に関わる人間は誰も彼も何かにがんじがらめになっていて大変そうに見える。
猫には絶対理解できない集団だけど、兄さんは気軽にその中へ分け入っていく。
「錬金術関係の本がもっと読めるな」
「今でも充分読めてない?」
「大佐にページめくらせる時しか読めないじゃんか。これ下げてりゃ他の施設の本も読ませてもらえるんだ」
それはちょっとうらやましい。
「…でも、それだけじゃちょっと納得できないな。」
ふいっと兄さんは目を逸らす。
ひげがゆらゆらと揺れるのを追って、視線の先へと回り込む。
「何かやったね?」
落ち着きなく尻尾がぱたぱたと揺れる。
やがて諦めたように俯いた。
「…セントラル・シティの大総統府を覗いてみたらさ、たまたま国家錬金術師の試験やってて。受けてる奴の錬成陣がどうにもでたらめだったもんだから、つい」
「つい、手出ししちゃったんだ」
耳を軽く動かして兄さんは肯定する。
「兄さん、軍の偉い人達の前で錬金術なんか使うところ見られたらろくなことにならないって、自分で言ってたよね?」
「う…でも、本当に見てらんなかったんだって」
「言い訳はもう良いよ。自分でも早まっちゃったかな、とか思ってるんでしょ?」
そもそも猫は人間の言葉が分かるという猫にとっては周知の事実も、人間には教えない方が良いとされている。
人間は、言ってることは分かるけど納得できないことがあるってことが理解できない生き物で、でもって言ってることが分かるなら相手は自分に従うはずだ、なんて言う根拠のない傲慢さを持っている生き物でもある。そうではない人間もいるのだろうけど、大多数はそうだと猫の間では言われている。
だから兄さんのように人間の言葉が分かるとはっきり表明するのは危険なことだった。
兄さんが今まで上手くやってきているのは奇跡的なことだ、と猫社会では評判になっている。
幸い兄さんという個体だけが「特別な猫」だと人間たちは思っているから大事にはいたっていない。まあ、確かに字が読めて錬金術の使える猫はボクら以外にいるとは聞いたことがない。
「…でも、後悔はしていない」
それは強がりで言っているわけではない表情だった。
「人から与えられた権利ってのはしゃくに障るけど、できることが広がったと思えば悪くない」
首輪も鬱陶しいけど、何事も等価交換だからな、と笑う。
「お前も鎖外して外に出てくことができるぞ?今のオレたちなら餌貰うこともそう苦労はしないし」
野良猫生活で身に付けた要領に加えて、この銀のメダルの威光もあることだしな。
陽光にきらきらと光るそれは大層魅力的だった。
けれども、ボクは首を振る。
「ダメだよ。今ボクがこの家を出て行ったら、シャーリーが泣くよ」
それはもう散々懲りた。
だったら二度と戻らなければいいじゃないか、とは兄さんも言わない。
ボクが一番お腹を空かせていた時に、ボクの声を聞いてくれたのがシャーリーだったことを、兄さんも良く覚えている。
だから、鼻先に軽く皺を寄せて言う。
「子供が泣くのは、確かにまずいな」
「うん、まずいよね」
兄さんの尻尾がうなだれる。ボクも兄さんとずっと一緒にいたい気持ちは同じなんだけど。
「だからさ」
するりと首筋を兄さんに寄せる。兄さんからは外の空気の良いにおいがする。しばらく出てはいないけど、忘れてはいない。
「いつかシャーリーが泣かないくらい大きくなったら、ボクも兄さんと一緒に行くよ」
猫は必ず約束を守る。兄さんは、金色の目を瞬かせて、それから「絶対だぞ」と笑った。

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