東方司令部でロイ・マスタングは悩んでいた。
悩みの内容はつい先だってのスカーの襲撃と結局その被疑者を取り逃がしたこと、その際に破壊された街の復旧などがあったがそれは主たる悩みではない。
更に重大な問題が彼を大いに悩ませていた。眉間の皺もじっとりと深くなる。
「大佐、そんなどうでもいいこと考えていないで書類の決裁を早く済ませて下さい」
ホークアイが書類の上に書類の山を積み上げて言う。
「どうでもよくないぞ、中尉!」
「大佐が真剣な顔で悩んでいる時は大抵しょうもないことです。それよりいいんですか、今日は『錬金術師の友』の発売日だったのに」
上司の猛然たる抗議を一蹴し、涼しい顔で書類の山の上に定期購読の雑誌を載せた。
ぐらつく書類を抑えながら、慌ててマスタングは雑誌を取り上げた。
取り上げた雑誌を、ひょいとホークアイはその手から抜き取った。
そして無表情に書類の山を指し示す。
「本はこの仕事を片付けてからです」
「中尉…」
すがるような眼差しにも揺るがない。
「それよりも早く終わらせないと」
「にゃー」
「エドワードくんが来てしまいますよ」
「と言うかもう来ているじゃないか!」
実は中尉が扉を開けると同時に部屋に入ってきていた子猫は、澄まし顔で応接のソファの上に座っていた。
その隣には青い首輪の弟猫もちょこんと座っている。心持ち申し訳なさそうな顔で会釈に似た仕草を見せる。
エドワードはしっぽをぱたりと振ってその位置を直す。それからもう一度、「にゃー」と鳴いた。
「アルフォンスも一緒なのか」
「なぅ」
小さく弟猫も鳴いた。
兄猫に比べると、どこか遠慮がちでそれでいて鷹揚な雰囲気があるのは飼い猫だからだろうか。ちらりと時計を見るそぶりを見せる。
「帰る時間を気にしているのか?」
「ぐなあ」
代わりに低い声でエドワードが答えた。だからさっさと仕事を済ませて本を読ませろ、の意を正確に読んで人間は歎息する。
が、気を取り直して胡散臭い笑顔で部下にお伺いを立てた。
「ほら、エドワードもああ言っているし、ひとまずはここで休憩を入れてだな、家に戻る時間が気になるアルフォンスのためにも本を読むというのはどうだろう?」
ホークアイの視線が温度を下げた。
アルフォンスはおろおろと兄と中尉とを交互に見ている。
エドワードは少し考え、音も立てずにソファから降りて扉へと向かった。
「エ、エドワード?!」
弟猫も一度マスタングを振り返ったものの、その後を付いていこうとした。
「エドワードくん?本は良いの?」
中尉が手を伸ばし立ち去ろうとするエドワードを抱き上げた。
抱き上げられたエドワードは、中尉に鼻先を寄せて小さく口の中で鳴いた。アルフォンスもその足下にぺたんと座った。
それから、マスタングの方を睨むように見て「ぐな」とうなった。
悪いのは大佐だ、とその目が雄弁に物語っている。
マスタングはぐうの音も出ない。
「仕方ないわね」
ホークアイは長々と溜息を吐いた。
「30分だけですよ。30分たったらページめくり係は別の者に替わらせますからね」
現金なことに、マスタングの表情がぱぁっと晴れた。
まだ気遣わしげなエドワードに、ホークアイは笑顔で言った。
「良いのよ、その分はもちろん、ページめくり係の誰かさんの分の仕事も大佐に振り分けてしまうから」
「それはつまり絶対量が増えると言うことでは…」
「初歩的な算数ですが、よくできましたね」
にっこりと、輝くような笑顔を向ける。だがその視線は絶対零度だ。
ちょっと選択肢を間違ったような気もしたが、目の前のふわふわの毛並みの金色子猫には勝てずにマスタングは雑誌を受け取った。
子猫はいそいそとホークアイの腕から抜けて机の上に降り、書類の山をすり抜けマスタングの手元にやってきた。
弟猫も椅子づたいに机の上に上がる。インク壺を慎重に避け、兄猫の傍らに座る。
「その前に、エドワード」
定位置に就いたエドワードの眼前に本を開こうとして手を止めた。
懸案事項をふと思い出したのだ。
不審げにエドワードは小首を傾げる。その可愛らしさに挫けそうになる己を叱咤し、敢えて重々しい表情でマスタングは子猫に告げる。
「読んで欲しければ鳴いてみたまえ」
エドワードは反対方向に首を傾げた。
真意を質すかのように目をすがめる。
「だからな、可愛く「にゃーん」と鳴いてお願いしてみたまえ。こう、にゃーんと」
子猫の軍人を見る目が冷たくなった。
中尉はこめかみを押さえて頭痛をこらえている。
アルフォンスが不思議そうに兄を窺っていたが、兄猫は小さく鼻先で鳴いただけだった。
だが猫族にはそれで充分に意思の疎通の取れるものだったようで、弟猫はしげしげと、この世で一番可哀相なものを見る目でマスタングを見た。
「…エドワードくん、アルフォンスくん、向こうへ行きましょうね」
ホークアイは二匹を抱き上げ、再び雑誌を取り上げた。
「あ、ちょっと中尉?!」
「大佐は少し頭が可哀相になっているの。きっと疲れているのね」
「いやだからここで休憩を入れようと…」
「休憩ならお一人でどうぞ。エドワードくん達を付き合わせる訳にはいきません」
休憩、と言う言葉の響きが「反省」に聞こえたのは気のせいだろうか。
子猫も大人しく抱かれて呆れたようにマスタングを見るだけだった。
「休憩は30分ですからね」の声を残してホークアイと子猫たちは執務室を出て行った。

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