その日出勤してきたジャン・ハボック少尉が執務室で目にしたものは頭を抱えた上司だった。
「…何すか?大佐。」

ごそり、と椅子の上に無造作にかかっていた大佐のコートの下で何かがうごめいた。
「え?」
「んー…」
そんなうめき声と共に白い腕がにゅっと伸びて出てくる。
ぐん、と伸びをしているようだ。そのままコートがずり下がり、目にも眩しい金髪がこぼれ出て小さな頭が触れるにそって揺れる。
ハボックはこれ以上ないくらいに目を見開いた。
「何でこんな所に子供が?」
しかも素っ裸の。子供はまだ覚醒しきっていないのか、とろりとした目をゆっくりと瞬かせた。
そうしてハボックの姿を認めると、機嫌良さそうににぱっと笑った。
「あ、ハボック少尉だー」
「え?何で俺の名前?」
「…あのな、ハボック。良いか落ち着いて良く聞け。」
「大佐の隠し子ですか?」
「違う!幾つの時の子だと言うんだ!!」
「そうっすよね、黒髪のが優性遺伝って言いますもんね」
「そういう問題じゃあなかろう」
「じゃあ俺の子ですか?」
「心当たりあるのか?」
「…あったらいいのになとちょっと思ってしまうくらいに皆無っす…」
情けない現実に肩を落とす。
子供はちょこんと首を傾げた。大きな金色の目が軍人二人の無意味なやりとりも見詰めている。
その眼差しに何か既視感を感じるが己の中の常識が邪魔をして認識を拒む。
「んで、現実問題、この子は一体何なんすか?」
「気付かないか?」
「あんまり気付きたくないというかそんな事あってたまるかって気分なんすけど」
「オレ、エドワードなんだけど」
あっさりと子供が常識を覆した。
「言うなよ!そんな現実突きつけられても!!」
「別にどーってことないだろ、少尉になにも迷惑かけてないし」
「そういう問題か?!」
「じゃ他に何の問題が?」
ぐ、と言葉に詰まる。大佐はとうに常識にしがみつく事を放棄しているらしい。
「突然そこの床に錬成陣を描き始めたと思ったらこれだ。」
元々非常識な猫だったからこれくらいどーってことなかろう。そういいつつも声に疲れが滲んでいる。
「それって人体錬成になるんじゃないんすか?物凄くやばいんじゃ?」
しかも軍の司令部の執務室内で白昼堂々行われたとあっては間違いなく軍法会議ものだ。
「いや、違うな。」
「しいて言うなら人体モドキ錬成」
国家錬金術師と錬金猫はきっぱりと言い切ったが、それはハボックの混乱に拍車をかけただけだった。
「仕方ねえなあ、ちょっと登るぞ少尉」
「え?!」
ひょい、と身軽に子供が肩に抱きついてきた。
思わず抱き留めたハボックはその軽さに驚いた。エドワードは満足そうに笑う。
「猫ん時と重さは変わってないはずだぜ?」
「ああ本当だ…軽いな」
「錬金術は等価交換。1のものからは1のものしか作れない。…材料は子猫1匹分だからな。」
「あー…それで裸なのか。」
「コートで服を錬成してもいいかって聞いたら駄目だって。ケチだよな」
「服くらい着せてやりましょうや、大佐。」
「うるさい。今中尉が探しに行っている所だが…遅いな。」
「まあこっから出なければこのままでもかまやしない気もするし。この方が楽で良いんだけど。」
大佐が深く深く溜息を吐く。エドワードは高い所が気に入ったのか、ハボックの肩の上でくつろいでいる。
猫のままだったら多分喉をごろごろ言わせている所だろう。
「うん、で、ヒトモドキなんすか。」
「そ。ヒトの形に見せかけてるだけだからあちこち希薄で人よりずっと脆くて不安定なんだ。
最低限の歩くとか立つとか座るとかは出来るけど、それ以上の激しい運動…たとえば走るだとか飛ぶだとか、重いものを持ち上げるとかには耐えられない。」
猫より人よりずっと不便な身体だ、と肩をすくめた。
「そしたら何でそんな錬成やってみようなんて思ったんだ?」
「ええとー好奇心?」
「やってみたら出来ちゃったとかそんなレベルか!」
マスタングがびしりと床の錬成陣を指して叫んだ。よく分からないが国家錬金術師レベルから見ても高度な錬成な事は確からしい。
「まあねーこれなら月に願いをかける方が確実かなー」
「…なんだいきなりファンタジックな」
飽きたのかするりとハボックから降りると椅子の上のコートに潜り込んだ。毛皮がないとやはり肌寒いようだ。
「月に願いをかけると、人間になれるのか?」
「それは魔法だ。魔法で出来る事を科学でも出来るのか試してみたかっただけだ。」
「非科学的な。」
錬金術を使う猫は非科学的じゃないのだろうかと言う根本的な問題点を指摘してやろうかとハボックは思ったが止めた。
目の前にあるものはあるがままに受け入れる。それが生き残るコツだと本能で知っている。
「魔法で人間になった猫がいるのか?」
「…ノーコメント。」
不可思議な微笑をたたえて子供は言った。
「もしもあんたらに親切にしてくれる人がいたとして、それが実は魔法で人間になった猫だったらどうする?」
「どうするって…」
「正体を暴く?騙しやがってと怒る?糾弾する?」
瞬く金の目は、猫の目だ。くるくると表情を変えて本心をつかませない。
「猫が魔法を使うと知って、もしやあの隣人も実は猫かもしれないと疑ってかかる?気にくわないのは人じゃないからだって納得して、ますます嫌う?」
「…エドワード」
「だから猫は魔法を見せない。猫に限らず、魔法を持つものは皆そうだ。」
「大将も?」
目を細めていっそう笑みが深くなる。
「さて。どうだろうね。」

「…と言う夢を見た所為で目覚めが悪くてな、それで」
「それがこの書類の処理が全く進んでいない理由ですか?」
子供だってもう少しまともな言い訳をしますよ。そこまではホークアイも言わない。言わないが表情に出ている。
「………夢オチかよ、おい。」
誰にともなくハボックは呟いた。その小さな声を椅子の上で丸くなって眠る子猫が聞いたかどうかは定かではない。

(010405万愚節企画/010306再掲)
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