電話を取ったら猫だった。
『にゃー』
「………エドワードか?」
軍の専用回線を利用する猫など他にはいるまい。そもそも電話を掛ける猫、の心当たりも彼しかいない。
「一体何があった?」
『にゃー』
「待て、今逆探知をかけるから切らずに置いておけ」
『うな』
「…一体なんだ?本当に」
電話の向こうでは大人しく待っている気配が窺える。周囲に人はいないらしい。
「場所が分かったら、そちらへ向かえばいいのか?」
『にゃ』
短い返事は肯定だろう。
「分かったすぐに行く。それで良いんだな?」
『な』
それを最後に電話は切れた。
「大佐」
電話を置いてホークアイに肩をすくめてみせる。
「まあ行くしかなかろうな。何があったかは分からんが…」
「何だ?エドがどうしたって?」
たまたま別件で来ていたヒューズに手短に言う。
「エドワードに呼び出された。どんな用件かまでは分からんがお前も一緒に来てみるか?」
時間があればの話だが。ヒューズは首を傾げる。
「いいのか?」
「向こうは構わんだろうな。お前もあれの真髄を見る良い機会だと思うぞ」
「…電話を掛けてくる時点で既にかなりな気もするが…ま、面白そうだから付き合ってみるか」
理由はいくらでもこじつけられるし。
マスタングの方もホークアイからお許しが出たので本人が出向くことになった。
「くれぐれもエドワード君をよろしくお願いします」と釘も刺された。言われるまでもないと思ったがマスタングは黙っていた。

「…随分また遠出をしたものだな」
電話の発信元は東の終わりの街・ユースウェルだった。
寂れた炭坑の街にマスタングとヒューズは降り立った。
いまだ石炭の生産量は落ちていないはずの街の寂れ具合も気になったが、まずは子猫の用件を済ませようと軍の責任者の元へと向かう。
子猫は軍の専用回線を使ってきたのだから当然、ここの責任者もそれを分かっているのだろうと思いきや、
「猫?何のことですか?」
正直三流の小悪党面の中尉はきょとんとした顔をする。
何か言いかけるマスタングを制してヒューズが笑顔で理由を捏造した。
「ああ何でもない、今回のは抜き打ちの査察だ」
「は!?何か不審なことでもございましたでしょうか?!」
「いや不審なことが見付からないのが正しいあり方じゃないかと思わないかな、ヨキ中尉」
「え…ええ!もちろん!もちろんでございますとも!」
「無論ここでもそんな事などないとは思うがね、一応軍の規定でもあることだから」
マスタングも真面目な表情でそれに乗っかった。
ヨキはもみ手せん勢いで腰を低くして二人を案内した。
軍人の態度がこれでいいんだろうか、と思ったが間違っても顔には出さない。元は炭鉱の経営者だったという話だからこんなものなのだろう。
その行く手に金色の子猫が端座していた。
「あ!すみません今追い出しますから!」
ヨキが慌てて部下に指示を出す。
「もうどこから入り込んだのやら、ここ数日軍の内部に顔を見せる野良猫でして」
「野良猫…?首輪を着けているだろうに」
「ここで猫など飼うやつはいませんよ。ほらお前たち、何をしている!」
子猫はするりするりと軍人たちをかわしてマスタングの眼前へと駆けてきた。
「にゃぁ」
「ああ、すまない。これでも随分と急いだ方なんだがね」
「ぐな」
不機嫌さを払うようにしっぽを一振りすると、毅然と首を上げる。首輪に下がった銀のメダルが揺れた。
「あの…大佐どの?この猫は…」
「通達は来なかったかね?彼は国家錬金術師だ」
「え?!」
「にゃ」
ヨキの驚愕など全く気にせずに、くるりときびすを返して歩き出す。ちらりと振り返ったのは付いてこいとの合図だ。
マスタングとヒューズは責任者を放って後を追った。
子猫がすいっと入っていった部屋に足を踏み入れると、そこには書類の山が築かれていた。
「何だ?…あー…裏帳簿?」
「こちらは贈収賄に関するリストだな。」
ぱらぱらとめくったヒューズの表情は真面目だったが、その目が楽しそうだと親友は見抜く。
「これはどういう事かな?ヨキ中尉」
「どういうも何も動かぬ証拠というやつだろうな」
「ふーん、不利な報告を握り潰したとかもあるなあ」
あ、こんな名前もあんな名前もある。あ、やったこれであの案件の証拠が揃ったラッキー。そんな呟きも聞こえたような気もしたが親友だから追求しない。
「では正式に査察の人間を応援に来させるか」
思わず吐いたマスタングの本音は恐慌状態のヨキには聞こえなかったらしい。
ふと、子猫が一枚の書類をマスタングに渡した。
こっそりとヒューズにも見えない角度で差し出されたそれをマスタングは懐にしまう。
エドワードは満足そうに喉を鳴らしてマスタングの腕の中に収まった。

何だか張り切って楽しそうなヒューズを置いてマスタングは街に降りた。
応援の人員がくるまでにしばらく時間がかかる。「人は向かわせますから大佐はこちらに至急戻って下さい」とホークアイに言われたのだ。
留守の間に仕事が増えてしまったらしい。大人しくマスタングはほこりっぽい街を駅へと向かう。
途中、腕に抱いていた猫がすとんと降りてしまった。
「どうした?」
問えばそこは何かの焼け跡だった。宿屋か酒場か、その両方を兼ねているかの店だったらしい。焦げた看板が立てかけられている。
「あ、猫!」
少年がエドワードに気付いて声を上げた。だが、その後ろに立つマスタングの軍服に気付くと露骨に嫌そうな顔した。
「何だ、やっぱり軍の猫だったのか」
吐き捨てる調子で言う少年を、父親らしい男がたしなめた。それでもマスタングと子猫に向ける視線は険しい。
子猫は振り返ってマスタングを促した。
「何だね、ここに何かあるのか?」
「ぐなぁ」
「あんたの飼い猫かい?」
「いや…この猫が何か?」
「ああ、3日ほど前にうちの残飯食わせてやっただけだ。」
「見れば軍部の紋章付の首輪してるから、てっきり軍のお偉いさんの飼い猫かと思ったんだ」
そんなやつに餌などやるんじゃなかった、と言外に滲ませて少年が言う。
ここでは相当に軍は嫌われているらしい。マスタングもまあ仕方がないと覚悟はしていたので今更傷ついたりはしなかった。
「にゃ」
エドワードは再びマスタングの腕へと飛び乗って、かりかりと胸の辺りを引っ掻いた。
「ん?…ああ、つまり君は彼らに食事代を返したかったんだな?」
苦笑して、マスタングは懐に隠していた書類を取り出した。
人間は猫に餌をやるべきものである、と定義しているらしい猫族の彼にはそれはただのこじつけの等価交換だった。
それが分かるマスタングは笑うほかない。子猫は澄まし顔でひげを揺らす。
「そう言う訳で、これはあなた方のものだ。受け取ってもらえるね?」
受け取った炭坑の権利書を見て、屈強な炭坑の男が目を白黒させる。
「君のことだから処理関係もどうにかしてあるんだろう?」
当然だ、と言うように腕の中の子猫は目をすがめた。
「ではそう言うことで。ああ、ここの軍の責任者も一両日中に新しいのが来るから」
今度のはもう少しまともだと思うが、何かあったら遠慮なく言うように。
えらそうにそう言うと、マスタングは肩に子猫を乗せたまま立ち去った。

その後のことは、報告待ちである。

(051105拍手お礼/200106)
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