「またぱっとしない顔してるなあ、ロイ。」
「放っておけ。」
雑務で中央に呼び寄せられ、事のついでにねちねちとしたイヤミの斉唱（あるいは輪唱）を聞かされて、不景気な顔をしないですむならばその方法を是非聞きたい。
しかも寸前まで偉いさんを前にしていたので不景気面さえ表に出せなかったというのに。
目の前の親友はもちろん、そう言ったもろもろの事情を十分に承知していて、少しでも気を軽くしようとしてくれているのだろうと言うことは解る。
分かっているからこそ、ここはなるべく素っ気なくふっきる。そうしなければならない理由がある。
「そう言う時にはこれだ！可愛いエリシアちゃん秘蔵の写真、最新版だ！天使の如き我が娘の写真を見て和め！癒されろ！」
逃げようとしたが半瞬遅く、がっしりと首根っこを押さえつけられ眼前に写真を突きつけられる。
「いらん！必要ない！」
「まあまあ良いから良いからこれなんか絶品だぞー満開の笑顔って奴で」
パパ大スキーとか言ってくれた所をすかさず撮った奴でなーといちいち解説が入るのを右から左へ聞き流す。
これが始まると暫くは終わらない。のろけの嵐が過ぎるのをじっと待たなければならない。
だが。今日のロイには策があった。
「やっぱりエリシアは世界一可愛いな、うん！」
「…それはどうかな」
にやりと笑うロイにヒューズはおや、と言う表情をする。
静かに控えていたホークアイも、いつもとは違う話の流れに興味を惹かれた様子で見ている。
「それはこの生き物を見てから言ってもらおう！」
ばーん！と効果音のつきそうな勢いでロイは懐から写真を取り出して見せた。
そこには、東方司令部最終兵器（命名：ハイマンス・ブレダ少尉）こと、エドワードがちょこんと写っていた。
「………子猫じゃねーか。」
「そうだが。」
「可愛いな。」
「可愛いだろう。」
ヒューズは完全に毒気を抜かれた。
その様子を見てロイは得意げに胸を張る。
「目論見は当たったな。」
「…と言いますと？」
「目には目を、バカにはバカを、だ」
「……捨て身ですね。」
親バカに対抗するには猫バカをと言うことらしい。
「良くエドワードくんが写真を撮らせてくれましたね。」
大人しく、しかも絶妙のアングルで。
「ああ、これを撮るためにはまずあれの目の前でカメラをねじの一本まで分解して見せてやらねばならなかった」
「写真を写す道具だと納得させたんですね。」
「その上『高等錬成の理論と実践』と『家庭の錬金術』で懐柔した。この一枚のためにそりゃもうどれだけ時間かかったことか」
「…お疲れ様です。」
「あー…何だ、猫飼い始めたのか？」
ようやく呆然の海から戻ってきたヒューズが問う。
「違います。」
何故かホークアイがきっぱりと答えた。ロイは軽く落ち込んだ。
「…私だってたまには夢を見たいんだが…」
「勝手に所有権を主張して、エドワードくんにばれたらすぐに見捨てられますよ？」
「よく分からないが、猫の方が立場が上なのか？ロイよりも」
「餌だってやってる、本だって読みたいだけ読ませてやってるのに…」
「本？」
「錬金術の本を読むのが何より好きな猫なんだ。」
ヒューズはロイの額に手を当てた。
「熱など無い。私は正気だ。」
そう言ってロイは乱暴に手を振り払った。確かにそこに狂気はない。…多分。
ホークアイも否定しなかった所を見ると、どうやら本当のことらしい。そうヒューズは判断した。
「ヒューズ中佐はまだエドワードくんにお会いになったことはありませんでしたか？」
「ああ。写真見る限りじゃただの可愛いきれいな子猫に見えるが違うのか？」
「見た目に騙されるな。あれはただものではない。」
「…見た目で騙そうとしておいてそれですか。」
ホークアイが厳しく指摘する。
確かに大人しくしていればひたすら可愛いだけの猫の写真でヒューズの親バカ攻撃をかわそうとしたのだからその指摘は正しいだろう。
「おおかた女性を口説く際の小道具にも使おうとされていたんではないですか」
「う」
「図星か。」
「自分の写真をダシに使われたと知ったら、エドワードくんはどう思うでしょうね。」
「…怒る…かな、やっぱり」
「いい気はしないでしょうね。」
おそるおそる伺うロイに、いっそ小気味よくホークアイは断言する。
その表情を変えぬまま、彼女は言葉を続けた。
「ですから、このことを彼に黙っていて欲しければ私にもその写真、焼き増しして下さいね。」
「それが狙いかーっ！！」
そんなやりとりを見て、ヒューズは東方司令部に行く任務を早急に探そうと心に決めた。