その時、ボクはパパさんの読んでいた新聞の連載にすっかりと気を取られてしまっていたのだ。
『ね?そうだよね?!』
だからシャーリーが泣きそうな目でそう同意を求めてきたときも何だか良く分からずに、「何?」と間の抜けた返事しかできなかった。
人間の耳ではただの「にゃあ」だ。
『ほら!タフィもそう言ってるもの!』
そのままぎゅうぎゅうと抱きしめられて必死なシャーリーとボクとをママさんは困ったように見つめていた。
『良いんじゃないか?タフィはおとなしい猫だし、他の人に迷惑をかけるようなこともないだろう』
パパさんが新聞を畳みながらそう助け船を出して、シャーリーの顔はぱぁっと輝く。
そうねえ、とママさんもため息を吐きながら結局は折れた。じゃあタフィを入れるバスケットを準備しなきゃね、と言う顔は何故かどこかシャーリーよりも嬉しそうに見えたのは気のせいだっただろうか。
そうしてボクは、バスケットに詰められて列車の旅へと同行させられてしまった。

列車の中ではしゃぐシャーリーやママさんたちの話をつなぎ合わせてみると、どうやら一家でノースシティの親戚を訪ねるらしい。その間、ボクはご近所の人に預けようかってことだったんだけど「タフィだけ仲間はずれはかわいそうよ!タフィだってさみしいって!」とシャーリーが強硬に主張、ボクが「にゃあ」と肯定してパパさんが許可を出して一緒に行くことになった、らしい。
ノースシティと言えば北部だったよね。寒いはずだよね。
今の時期でこれだけ空気がひんやりしているってことは、冬が来たら一体どうなってしまうんだろう。
「…そしてこの子は、このままじゃ冬になる前に死んじゃうよね」
ぴいぴいと必死で鳴いてる鳥の雛を、ボクは途方に暮れて見ているしかなかった。
ノースシティの駅を降りて、ボクらは馬車に乗り込んだ、と思う。曖昧なのはボクがバスケットの中だったからだ。でも馬のいななきが聞こえたのとあの揺れ具合は多分馬車。
石畳を車輪が踏む音にシャーリーの声もかき消されてしまっていた。ママさんに「静かにしてなきゃダメよ」と言われたこともあるけど。
これも推測だけど、馬車はかなり乱暴に角を曲がったんだろう。バスケットが放り出されるんじゃないかと言うくらい、一度大きく揺れた。
バスケットはシャーリーが必死で抱えていたから落ちることはなかったけれど、ふたはぱっかりと開いてしまった。
で、どんな拍子でかボクは外に転がり出てしまって、馬車からも滑り落ちてしまった。
それはほんの一瞬の出来事で、ボクも何がどうなったのか良く分かっていない。
気がついたら石畳の端で呆然と座り込んでいた。猫だから、落っこちたくらいでケガなんかしなかったけど、これがシャーリーだったら大ケガだった。ボクで良かったのかな、なんて考えたところで、耳をつんざくような声がした。
今度は一体何事だと思ってそちらを振り返ると、見たことのない鳥の雛がボクと同じように石畳にへたり込んで、声の限りに鳴いていた。
「あ…あの、大丈夫?巣から落ちたの?」
恐る恐る声をかけてみたけど、まだ小さいからかボクの言っていることが分からないみたいで、鳴き止もうともしなかった。
ボクは心底困った。鳥でも猫でも人間でも、子供に泣かれるのは本当に困る。
くるりと上も含めて辺りを見回してみると、少し離れた木立のかなり高いところに影が見えた。あれが多分この子の家だろう。
近くを飛ぶ親鳥の気配はない。もしかすると、親鳥が餌を探しに留守にしている間に、さっきの馬車が木に引っかかって、その時に揺り落とされてしまったのかもしれない。
「どうしよう」
ボクは雛に近寄ることも出来ずにいた。
実は、前にもイーストシティで似たようなことがあった。ボクと兄さんとで軍部に行った帰りに巣から落ちた鳥の雛を見かけて、ボクが巣に戻してあげたことがあった。
兄さんは何も言わなかったけど、ちょっと困った顔をしていた。その理由は後で分かった。
その後、雛は親鳥から餌ももらえず巣から追い出されてしまっていた。もう鳴くこともなくなった見覚えのある雛に愕然とした。
「どうして?」
「…雛に、アルのにおいがついてしまったからだろうな。親鳥は雛が外敵のにおいのするものだから排除したんだ」
「何で?!だって、この子は鳥なのに」
「うん、鳥なのに猫のにおいがしてたら親鳥も不審に思うだろうな」
オレもアルから犬のにおいがしたら混乱するだろうし、と目を伏せた。
結局、冷たくなった雛は兄さんがどこかに連れて行った。後のことは聞いていない。
だから、ボクは今度こそこの子になすすべもなかった。
「あ、もしかしてケガしてるんじゃない?」
足が妙な具合に折れているのに気付いてボクは泡を食って声をかけた。それが雛鳥の耳にはどう聞こえたのかいっそう悲鳴は大きくなった。
どうしよう、どうしよう。相手が猫かせめてもう少し大きな生き物で、ボクの言葉を理解してくれるなら何とかしようもあったかもしれない。
その時、ボクと雛を大きな影が覆い被さった。
『何だ?鳥と猫?』
声の振ってきた方を振り仰ぐ。
「あ」
このにおいには覚えがある。この浅黒い肌の人自身は知らない人だけど、この空気のにおいは知っている。
コートの下の青い軍服に硬い軍靴を見る間でもない。この人は軍の人だ。
その人は首を傾げてボクらをひとしきり観察して、ボクと同様雛のケガに気付いてかがみ込んだ。ポケットからハンカチを取り出すとごつい手で丁寧に雛を包んで取り上げる。
それからボクの視線の先を追って梢の鳥の巣を見付け出す。
『ああ…あそこか。悪いがあそこに返してやることは出来ないな』
ケガもしていることだし。その口調が本当に申し訳なさそうだったので、うん、とボクは軽く頷いた。
「その子をお任せしても良いですか?」
大佐が兄さんの言葉を理解するように通じるとは思わなかったけど、せめて雛の代わりにとそうお願いする。何せ雛はいまだに鳴くばかりだ。
けれどもその軍人さんはまるでちゃんと聞こえたみたいに小さく笑った。
『責任持って手当てして巣立つまで面倒を見ることにするよ。だから安心して良い』
ボクはちょっとびっくりした。思わず目をぱちぱちとしばたたかせていたら、不意に軍人さんは笑みを納めた。
『…金色の子猫…?』
何だろう、と思ったけど突然鳴り響いた鐘の音に気を取られた。びくりと振り返ってみると、この町の時を告げる鐘だったようだ。
それでようやくこの町は知らない町だと言うことを思い出した。ついでに、シャーリーともはぐれて客観的に見て迷子と言うもんだってことにも思い当たった。
「ってそしたらこうしちゃいられないじゃないか!早くシャーリーを探さないと!」
きっとシャーリーは泣いてるはずだ。それこそケガをした雛なんて目じゃないくらい大泣きしてる。
いても立ってもいられなくなってボクは立ち上がり、くるりと身を翻すと塀を駆け上がった。町を把握するには高いところが基本、と昔母さんに教わったとおりに。
その前に、とボクは足を止めて振り向いた。
「あ、えっとありがとうございました。…その子のこと、お願いしますね」
軍人さんにお礼を言って、ボクは今度こそ駆けだした。
『……いや。首輪が違うか。猫違いだな』
そんなつぶやきが聞こえたような気もしたけど、もうそんなことはどうでも良かった。
そんなことよりシャーリーだ。
「と言っても、どこをどう探したら良いんだろ」
「探されてるのはお前だろ」
「え?ってうわあ!」
通り抜けようとした雨樋の影からひどく見慣れた金色の猫が出てきて肝をつぶした。
「兄さん?!」
「おう。…うん、ケガはないみたいだな。」
「いやちょっと待ってよ、ここノースシティだよね?イーストシティとかじゃないよね?何でいるの?」
仰天するボクの周りをするりと一回りして満足げにのどを鳴らす。その首筋に鼻先を寄せてにおいを確かめてみてもやっぱり兄さんだ。
「お前がノースシティに行くとか言う話を小耳に挟んだからじゃあ付いて行ってみるかなって」
ついでに北方司令部の書庫も覗いていこうかと思って、と言うが一体どっちがついでなんだろうか。
「で、来てみたら停車場でお前のとこのあの子供が空のバスケット抱えてものすごい声で泣いてるし、お前の姿は見えないし、こりゃ途中で何か珍しい生き物でも見つけて馬車から落ちたか何かしたかなってかまかけて探してたってわけだ」
「…大体合ってるけど、馬車から落ちたのは不可抗力だよ」
「そうか?まあどうでも良いけど」
あんまり信じてないみたいだ。兄さん、自分の好奇心を基準に全ての猫を当てはめて考えたりしないでよね。ボクはそこまで間抜けでもない。
「で、あの子供の所まで戻るんだろ?」
「うん、兄さんは分かるの?」
「ああ、何だかうまそうな名前の通りだったから良く覚えてる」
そうして兄さんの先導の元、ボクはバタカップ通りの停車場で待つシャーリーの所まで無事にたどり着いた。
涙でぐしゃぐしゃの顔のシャーリーに『もう、心配させちゃダメでしょ!』と叱られ他のがちょっと予想外だった。前みたいにぎゅうぎゅうしがみつかれてまた苦しい思いをするのかなって覚悟をしていたからだけど。シャーリーはどうやらお姉さんぶることを覚えたようだった。…でもその後でやっぱりぎゅうぎゅうと抱きしめられて、寝るまで離してもらえなかった。
兄さんはと言えば、シャーリーが泣きやんだのを確認するとひょいと姿を消してしまった。イーストシティに帰ってから、「あんま東方司令部と代わり映えはなかったなー」と言っていたので、軍部に行っていたのだと思う。自由な兄さんがほんのちょっとうらやましかった。

余談。
「ノースシティの北方司令部に鋼の錬金術師が現れたと聞いた」
いつになく不機嫌な上司の言葉を、雛に与える粒餌を用意しながらマイルズは聞き流していた。
「ノースシティまで来ておいて何故ブリッグズに足を運ばない!」
用事がなければこんな所まで来ないだろうなと思いながらも大きく口を開けてねだる雛の世話に忙しく、アームストロング将軍の相手はいたしかねた。
もちろん、金色の子猫を見かけたことなど報告する暇も義務もなかった。

(180707)
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