中央と言うところはだだっ広い。あと人多すぎ。
途中まではちゃんと自分がどこにいるのか分かっていたんだ、間違いなく。
事前に地図は見ていたし通りの名前も確認していた。
近道をしようと屋根伝いに行っても自分の位置は把握していたとも。それくらいできなくて野良猫はやってられない。
悪いのはこの雨と人の多さであってオレの方向感覚ではない。断じて違う。
…そんな具合に責任転嫁をしたところで、オレの現状に変わりはない。
………まあ、端的に言って迷子だ。
大通りを一つ突っ切ろうとして急ぐ人の足に蹴られそうになったのをすり抜けて、その先にいた奴がどうやら猫嫌いという人種で雨も降っているのにそこらのバケツの水をぶっかけようとしてきたからそれをまた避けて、オレの代わりに水をかぶったおっさんが猫嫌いに『ケンカ売ってんのか』とつかみかかってそれを止めようとした人達ともめるのをよそに細い路地に入って。
そこまでは分かっちゃいる。
で、入った路地に気の短い飼い主以外の言うことを聞く耳を持たない犬がいてやたらめったら吼えかかってきて、面倒くさいんで塀を登ってやり過ごそうとしたらそこんちの奥様(と呼ばれていたおばさん)も猫嫌いらしく泡ふいてその猫を追い出しなさいとわめいて、小間使いが箒を持って及び腰で追い払ってきたからかえってむかついてその家の中に逃げ込んでやったっけ。
んで適当にそこらの部屋に出たり入ったり、オレ自身は家のものを何一つ壊しちゃいないが、手当たり次第に香水瓶やら何やら投げつけていた奥様による被害は総額数万センズ、と見た。
何だか妙に広かった家(と言うかお屋敷)をぐるりと巡って外に出て、適当に走って角を曲がって一休みして、現在に至る。
ここは一体どこなんだ?
いい加減走り疲れて、ひとまず激しくなってきた雨さえしのげればと思って庇の下に入ったのだが、建物から人の気配はしない。
そろりと首を伸ばして門扉の方を見てみれば、頑丈に打ち付けられている。
改めて建物の方を見てみても、廃墟寸前でうち捨てられているようだ。
だが、その奥から気配がする。
生き物の呼吸や心臓の鼓動の気配はしない。つまり「生きている」ものの気配はないが、「生きていない」ものの気配はするのだ。
妙にそれが気になって、オレは隙間を見付けて建物の中へと潜り込んだ。

薄くぼんやりとした灯り伝いにオレはやや開けた部屋へと辿り着いた。
使われていない建物だと思っていたが、違ったのだろうか。
それ以上に、この部屋の空気の異様さは一体なんだ?
かすかに残る血のにおいと、それとはまるで相容れない末期の気配のなさと。
部屋の中心には円と五角形とを組み合わせた錬成陣。壁面にも何かの象徴らしきレリーフ。
「…何かを錬成したあとなのか?」
けれど、一体何を錬成したのかが分からない。どこか何か引っかかるが、それは形にならない。
思い出そうとするが、この部屋の気配の異質さの方に気を惹かれてしまってうまく記憶を引き出せない。
確かにここで人の死んだ気配がするのに、死んだ人の『叫び』が残っていない。
きれいさっぱり拭い去られたような感じがして、それがひどく居心地が悪い。
『これはまた、変わった闖入者だな』
がしゃんと背後で音がした。
振り返ってみれば、鎧がうっそりと立っている。
逃げるべきかとも思ったが、足が動かない。
『何だ切り刻み甲斐のないチビ猫じゃねえか』
もう一体の鎧ががっかりしたように言った。
「誰が捌くのにメスとピンセットの必要な小動物だ!」
衝動的に飛びかかっていこうとしたオレを途中で最初の方の鎧がつまみ上げた。
『ああほら暴れるな。お前も無駄に脅かすんじゃない、66』
『びしょぬれだな。雨宿りのうちに迷い込んだのか』
腰に巻き付かせた布で拭われるその手が存外に丁寧だったのに毒気を抜かれた。
敵意も害意も感じなかったので、大人しくふかれるままになってやると、頭の方の声と気配が嬉しそうにするのが分かった。
この鎧、二人分の気配がする。
そうしてあちらのもう一体の方もだが、「生きている」感じがしない。
息もしていなければ心臓も動いていない。と言うより、身体ごとまるまる無いようだ。
けれど、「それ」は確かに存在している。全部で合わせて3人分。
「それ」に、人間は「魂」という名を付けている。
驚いたことに人間は「それ」に名前まで付けておきながら「それ」が見えてはいないらしい。
知覚はできないが「それ」の存在を仮定することで幾つかの論理が成立するので実在を認めているようだ。
その柔軟性と合理性は人間にしちゃ上出来だと思う。
その人間の論理、人間は肉体と精神と魂からなる、と言うのは猫の目から見て正しいと思う。
人間限ったこっちゃないけど。猫だって犬だってそうだから。
でもって、目の前のこいつらは肉体の代わりにがらんどうの鎧があって、何かを媒介にして魂を寄り付かせているらしい。
魂は、「そいつ」を「そいつたらしめるもの」だ。
「そいつたらしめるもの」を「そいつ」以外のものに寄り付かせるのは無理がないか?
何を思ってこんなことをやったのかは知らないが、きっとどこかに負担をかけている。
冷たく堅い指に喉をくすぐられながらオレは考えた。
オレの知識じゃどう頑張っても結論は出ない。
誰が何を考えてこんなことをしたのか、こいつらはどうなるのか、そして部屋の錬成陣は何なのか。
「考えても分からなきゃ、調べるまでだよな。」
オレは鎧の手の内から降りて外へ向かった。
「まずは文献か…いやその前に」
勢いよく建物の外へ出たは良いものの、雨上がりの空を見上げてそもそもの「現状」を思い出す。
「…ここはどこなんだ?」

そのあと、半日あまりさまよった末、迷い込んだ公園で気短な野良犬の鼻っ面をかじってやったら、側にいた子どもの家にご招待された。
それでようやく知っている地名まで戻ってこれて、その上飯にもありつけてオレは安堵した。

(140505)
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