ボクがこの家に来てから2ヶ月が経とうとしていた。
家の人達は皆親切でやさしい。小さな子供のシャーリーも一生懸命にボクの面倒を見てくれる。
毎日きちんとご飯も食べられるし、暖かい寝床で眠れる。何不自由ない生活、と言う奴だ。
そうなってくるとますます、ボクは離ればなれになった兄さんのことを思い出していた。
兄さんは今頃どうしているだろう。ちゃんとご飯は食べてるだろうか。
誰彼構わずケンカ売ってたりしないかな。些細なことに腹を立てて売られてもいないケンカを買っちゃってたりするのかな。
親切な人がミルクをくれたりしたらちゃんと嫌がらずに飲んでくれるといいんだけど。
…どうしてミルクが嫌いなんだろう、おいしいのに。
そんな事を考えながら、ボクは毎日ガラス窓の向こうを眺めていた。
外には危ないから出ちゃいけません、とママさんに言われている。
ボクが元々野良猫だったと言うことは多分忘れられている。その危ない外で生まれて育ってきたんだけどな。
ここに来た時あまりに痩せてちっぽけだったから、その印象が強すぎて『ちっちゃくて弱い生き物』だと思いこまれているようだ。
でもボクのことを心配してそう言ってくれているのは分かっているので、ボクも言いつけを守って外には出て行かずにただ見ている。
兄さんは必ず約束を守る。きっと会いに来ると言ったんだから必ず会いに来る。
そう信じて今日もボクは窓の外を見ていた。

ふと、庭のサルビアが不自然に揺れた。
「もしかして」
ボクは耳をピンと立ててそちらを凝視した。赤い花の間からちらりちらりと金色が見える。
「兄さん?!兄さんだね!」
窓に張り付くようにしてボクは兄さんを呼んだ。
すぐに花の陰から金色の猫が顔を出した。別れた時と変わらない、明るいはちみつ色の眸がこちらを見た。
「アル」
解けるように笑ってボクを呼ぶ。そうして窓の際まで駆け寄ってきた。
ガラス越しに兄さんが鼻を寄せる。ボクも窓に身を寄せたけれど、ボクの力ではこのガラス窓を開けることは出来ない。
かりかりと窓枠を掻くボクに、兄さんは「ちょっと待ってろ」と小さく尾を振ると、くるりと踵を返してどこかへ行ってしまった。
「兄さん…?」
「おう。」
「えっ?!」
呟きに予期せぬ応えが返ってきて、ボクはびっくりして振り返った。
部屋の中、兄さんがゆっくりとしっぽを振って歩いてきた。
「一体どこから入ってきたの?」
「2階の窓が開いてたから、そこから」
「危ないよ兄さん。落ちたりしたら怪我するよ。」
「あのくらいなら大したことないさ。…元気そうだな。」
兄さんは嬉しそうに目を細めた。ボクはおそるおそる兄さんに近寄って確かめるように鼻先を舐めた。
間違いなく兄さんだ。陽の光を吸ったような良いにおいがする。
「ちゃんと飯も食ってるな?子供にいじめられたりしてないか?」
「大丈夫だよ、あの子は良い子だから。兄さんこそ、ちゃんとご飯は食べてるの?」
「見ての通りだ。食べ物に不自由はしてない。」
自慢げに胸をそらす。首輪こそしていないものの、飼い猫のように毛並みはつやつやときれいだ。
飼い猫と言うにはまだちょっと細いような気もするけど、確かにひもじい思いはしていなさそうで安心する。
「人から餌をもらうコツはつかんだし、雨露をしのぐ場所はいくらでもあるし。」
「そっか。…本当に良かった。」
「本を読むのに良い人手も見付かったし。」
「…本?」
「ああ、錬金術って言う奴だ。人間は面白いことを考えるんだな」
そう言えば兄さんは何にでも興味を持つ猫だった。
落ちてる新聞や雑誌の切れ端、そう言ったものに片っ端から夢中になっていたからそのたびに母さんは兄さんの首根っこを噛んで引き離していたっけ。
側で一緒に見てたからボクも一通りの字は読めるけど、錬金術って言うのは何だろう。
首を傾げていると、「今度教えてやるよ」と言って笑った。
『あーっ、ママ、猫が増えてる』
シャーリーの声が突然響き渡り、兄さんがびくりと立ち上がった。
『あらまあ、本当』
ママさんの声も追いかけてくる。散歩から帰ってきたみたいだ。
「兄さん、多分大丈夫だよ。…ひどいことはされないから」
すぐにでもどこかに行ってしまいそうな様子の兄さんに慌てて追いすがる。
まだ警戒を解かない兄さんに、ママさんが手を伸ばす。そしてゆったりと喉を撫でた。
ママさんは撫で方が物凄く上手だ。兄さんでさえ、思わず目を閉じてころころと喉を鳴らしている。
『あの時一緒にいた子かしら?タフィの兄弟?』
「タフィ…って、お前のことか?アル」
「うん、ピーナッツタフィの色に似てるからだって。」
「…確かにまあ似てなくはないけど」
何だかがっくりと肩を落とした。ボクはもうとうに諦めの境地にいたけど。
『きれいな子ねえ。どこかの飼い猫かしら。』
兄さんはママさんを見上げて、小さく溜息を吐いた。
「オレはオレの名前以外で呼ばれるのも、オレの行きたい所に行きたい時に行けないのも、好きに本も読めないのも我慢出来そうにないな。」
そう言ってボクの首筋をぺろりと舐めた。行き当たった首輪に、かしりと小さく歯を立てる。
「首輪を着けられるのもいやだし。飼い猫は性に合わん。」
「うん、そうだろうね…」
「だから、また会いに来るよ。お前がここにいるのも確認出来たし。」
そう言って笑って、ママさんの足下をするりとすり抜けて部屋の外へと駆けていった。
『あ』
ボクもママさんも止める間もなく兄さんは家を出て行ってしまった。
「兄さん…」
『ママ、猫さん行っちゃったの?』
『ええ。タフィみたいに良い子ならもう1匹飼っても良いかと思ったんだけど』
『せっかくハニィにも上げようと思ってミルク用意したのに…』
皿を手にシャーリーはうなだれた。
『ハニィ?ってあの猫のこと?』
『うん、はちみつみたいな色だったから、ハニィよ、良い名前でしょう!』
「はにぃ」
ボクは唖然としてしまった。
確かに兄さんは大人しくただ座っていればきれいなかわいい子猫かもしれないけど、間違っても「はちみつちゃん」などと呼ばれて大人しくしている猫ではない。
ついでに言えば純粋な好意のミルクも兄さんには嫌がらせになる。
途端に兄さんがこの家に飼われることは不可能な気がしてきた。
…それにしても、餌に不自由してないとか本も読めるとか言っていたけど、一体どうやっているんだろう。
もう少しボクが大きくなって、家の外に出ても良いと言われたら、兄さんについて行ってみよう。
差し出されたミルクを舐めながら、ボクは心の中でそう決心していた。

(200205)
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