それは一晩かけての捕り物の帰りのことだった。
東の空が白々と明け始める頃、当然のことながら疲労困憊で睡眠不足をしきりと訴える身体をどうにかこうにかなだめながら軍部へと戻る道の途中、マスタングとハボックは普段は通らない路地に足を踏み入れた。
一刻も早く戻って身体を横にしてしまいたい、この際仮眠室の硬い寝台でも妥協する。そのための最短ルートを割り出した結果、地図上ではその存在を知ってはいたが通るのは初めてのこの道を選んだのだ。ただそれだけだった。
だがそこには先客がいた。
足を踏み入れた途端、一斉にいくつもの光る眼に睨まれた。
「…あ」
大の男でしかも軍人二人が、思わず凍りついた。
「…猫の集会っすね」
路地の端にいた何匹かはすぐに身を翻して逃げてしまった。奥の方や中心近くにいる猫はどこか悠然と構えて闖入者を睨め付けている。
ふと足下近くにいるのに逃げない一匹に気が付いた。
「エドワード。君も参加してたのか」
金色の子猫は軽く耳を動かしただけだった。
ハボックが屈みこんで手を差し出したが見向きもしない。気が乗らないのかと思ったが、首筋をつかんで抱き上げてしまえば大人しく腕の中に収まる。
人間の目から見ても序列の高そうなふてぶてしい顔つきの猫が興味を失ったかのようにそっぽを向いて立ち上がると、他の猫たちも次々に席を立つ。
どうやら今日はこれで解散となったようだ。
子猫は小さくにい、と鳴いた。
「意外だったな」
「何がすか?」
「エドワードのことだから、真ん真ん中の特等席に陣取っていそうだと思ったんだが、違ったのか」
マスタングが喉元をくすぐってやると眼を細めた。
「そりゃこんなちっこいのがそうそういい席に着けるとは思いませんけどね」
「ふしゃぁっ!」
「いってえ!!」
不用意に禁句を口にしたハボックはしたたか引っ掻かれた。
ふーふーとうなる子猫をマスタングが引き取ってなだめるようになで回した。
「身体の大きさはあまり関係ないんじゃないか?実力は充分だろう」
ひりひり痛む手の甲を撫でながらハボックは首を傾げた。
確かにエドワードが野良犬を撃退する場面は何度も目撃されている。
「興味ないとか」
「興味はなさそうだな」
ようやく気は鎮まったのか、エドワードは落ち着きのいい体勢を探って手の中で丸くなった。
ふわふわと柔らかな感触が手首を撫でる。
「大体軍の上層部を軽々手玉にとる猫が、猫社会をうまく立ち回れないとは思えない」
手玉にとられている上層部筆頭が言うと真実味があるよなあ、とハボックは思った。
思っただけで口にはしていなかったはずだが上司には睨まれる。
「上層部って言っても主にトップと大佐でしょ?」
その頭を抑える辺りがエドワードの真価がうかがえるところなのだが、ハボックにしてみればたまたまなんじゃないかと思えてならなかった。
たまたま拾ってそのまま落とされたのがマスタングで、たまたま気紛れを起こしたのが大総統閣下だっただけの話だろう。
大方の人間の見方はそうだった。
しかしマスタングは不意に遠い目になる。
「お前はまだまだ甘い」
「へ?」
「軍部に対する認識も、これに対する認識もな。」
少しばかり眠そうな目で子猫はハボックを見上げている。
「軍が錬金術の使える猫を軍事目的に使えないかと考えない訳はなかろう」
「あー…やっぱ目ぇ付けられてたんすか」
「ああ。会議の議題で出された。」
錬金術の使える猫を敵方に侵入させるとか、相手を欺くのに使えるとか、偵察もしくは暗殺に使えそうだとか、血なまぐさく身勝手な案が数多く出された。
また徹底的に研究しそのメカニズムを解明し、エドワードと同じように錬金術の使える猫やその他の動物(犬、鳥が有力候補。猫よりも訓練が容易であろうとのこと)を量産できるようにならないかとの話にさえなった。
「量産は無理だろう」
あっさりと大総統閣下は曰った。
「こんなかわいい猫がそうそういる訳はあるまい」
「…閣下。そう言うことではありません」
こめかみを押さえつつ、なおも錬金猫の軍事的有用性を力説する。
彼はすでに裏で根回しを進めていた。何人かの将軍が彼に賛同の意を密かに伝えていた。それとない後押しをする者もいれば堂々と自分の意見として計画を推し進めるべきであると公言する者もいた。
「畏れ多くも大総統閣下自らが国家錬金術師の資格を与えられたとは言え、所詮は猫です。動物に過ぎません。せいぜい人間の役に立って貰わんことには」
「国家錬金術師の研究費も与えられてる猫ですしなあ、給料分は働いて貰わんと」
そう言う自分は高い給料に見合った仕事をしているのかどうか疑問な声が尻馬に乗る。
かわいいだけじゃいかんのか、大体子猫は見て和み撫でて和むがおっさんたちはそうじゃないだろう、とマスタングは心の中でわめいた。
あくまでも表情には出さない。
非常に珍しいことだが、その会議にはエドワードも紛れ込んでいた。
普段であれば決して近寄りもしないのに、その時だけは会議室にいつの間にやら入り込み、じっと物陰に潜んでいた。
そうして会議の流れをじっと見定める。やがて見極めがついたのか、音もなくテーブルの上に飛び乗ると一番の強硬論者の前に出た。
「な…何だいきなり!」
つまみ出せ、と言いたいところをすんででとどまる。
この猫が大総統閣下のお気に入りであることを思い出したのだ。
子猫はちょこんと座って首を傾げた。
大きな目が将軍を見上げている。
(…あれは自分が一番かわいく見える角度を本能で知っているな)
将軍は大の愛犬家で知られていた。軍用犬はもちろん、自慢の猟犬も数頭血統書付きで揃えている。
猫など人の言うことは聞かないし薄情だし、飼うには値しないと思っていた。もっともエドワードが国家錬金術師資格を取ってからは、大総統を慮ってそれを口にしたことはなかった。
子猫はなぁお、と鳴いた。
ぐ、と将軍が言葉に詰まる。その動揺を見定めると、ふ、と目を細めて立ち上がりテーブルを降りた。
テーブルの下は誰にも見えていない。
見えないがエドワードはそこにいた。何となく会議の全てが曖昧に終わってしまった。
「会議が終わってから物陰で将軍がエドワードを構いまくってたそうだ」
会議の場でさあ撫でろとじゃれかからなかったのは将軍のプライドを優先してのことだったらしい。
人前で陥落させられるのは将軍としても羞恥に耐え難かっただろう。エドワードはその辺りを読み切って、いったんは退いた。
後から誰も見ていないところで将軍にすり寄っていき、あっさりと落としたのだった。
そうして猫の国家錬金術師の軍事利用の議題はうやむやになった。
「…誰も見ていないはずのことをどうして大佐は知ってるんすか?」
「女子事務員の噂話ネットワークをなめるなよ、ハボック」
「………そうすると今度はどうして大佐がそのネットワークにつながっているのかが非常に疑問なんすけど」
「愚問だな」
マスタングは部下を鼻で笑った。
子猫は呆れたようにしっぽを揺らした。
「眠そうだな」
「眠いっすよ、完徹っすよ」
「お前じゃなくてエドワードだ。司令部で寝るか?エドワード」
に、と小さく鳴いて目をつぶった。
その頭を軽く撫でて、軍人二人は帰投の足を速めた。

(100906)
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