その日の最後の仕事は、国家錬金術師資格実技試験の立ち会いだった。
ここまで残ったのが不思議なくらいの凡庸な錬金術師で、ざっと目を通した研究レポートにもなんの目新しさもない。
そういえば名前に聞き覚えがあると思ったら某将軍の奥方の旧姓だった。それでおおかた合点がいった。
だが受験者本人は軍人の厳つさはみじんもなく、ただひたすら学問畑で育ってきたが学者として大成するには熱意もアクもどこか足りない、万年学生のような雰囲気の男だった。
更に言えば、ここ一番の度胸も不足しているらしく、錬成陣を描くチョークを持つ手が震えている。
ただでさえ緊張を強いられる試験なのは分かる。そこへ追い打ちをかけるように、なんの気紛れを起こしたのか大総統も臨席していた。
もうこれでチョークを折るのは4回目だ。慌てて新しいものを取り出して続きを描く。
だが、マスタングの目にはもう全てが無駄に見えていた。
明らかにその錬成陣は体を成していなかった。
文章で言うならばスペルミスと文法の間違いが幾つも重なり、支離滅裂でなんの意味も成さないものに成り果てている。
どんなに力ある錬金術師が力を乗せた所で、発動しないただの落書きだった。
いくら本人の後ろ盾が有力であっても、肝心の本人に実力がなければ試験に通る事は不可能だ。
コネと七光りだけで取れるほど国家資格は甘くはない。

受験者の手からチョークが転がり落ちる。終わりだな、と思ったその時だった。
力無くうなだれる錬金術師の横を、どこから入り込んだのか小さな猫が過ぎった。
「……っ?!」
周りの空気がざわめく中、マスタングは内心狼狽した。
外見的には周り同様、突然の闖入者に面食らっているように見えただろう。だが彼をよく知るだけに驚愕の種類は明らかに異なっていた。
子猫はそんなマスタングの心の裡はもちろん、その場にいる全ての人間たちの困惑などものともせずに、落ちているチョークをくわえて不完全な錬成陣に歩み寄る。
ようやく我に返った軍人が子猫をつまみ出そうと踏み出すのを、軽く手を挙げる事で大総統が止める。
どうする事も出来ずに人間たちが見守る中、子猫は幾つかの線を錬成陣に器用に描き加えていく。
何本かの無駄な線を後ろ足で消して、陣の外に出るとくるりと振り向いてピンと尾を立てる。
完成した錬成陣は正しく力を循環させてまばゆい錬成光をきらめかす。
石床がつまみ上げられた粘土のように盛り上がり、あっと言う間に翼を持つ獅子の彫像に形が整えられる。
今にも羽ばたき咆吼を上げそうなその像を見て、子猫は満足げにひげを揺らした。
満足してしまうと、もう興味を失ってしまったのかふいっとどこかへ消えてしまった。
後に残された人間たちの驚愕など、彼の知ったことではなかった。

とっくに軍部など出て行ってしまったかと思われたエドワードは、まだそこにいた。
そこをマスタングとホークアイが通りかかることを知っていたかのように、端然と座っていた。
もっとも、彼でなければ階段の手すりに座るのは難しかっただろう。普通の猫でもちょっと狭い。
「一体どういうつもりだ?君らしくもない。」
先程の茶番劇など知らぬ顔でただ静かに座っているエドワードに、思わずマスタングは言った。
東方司令部には好き勝手に出入りしていた彼だが、それでも時と場合をよくわきまえていた。
錬金術を試してみたかっただけなら、何も国家資格試験中に、しかも大総統も見ている場所に出てくることはない。
研究機関が見れば、きっと彼を研究材料として欲しがるだろう。
上層部も、人間の言葉を解し錬金術を使う猫を軍事目的に利用しようと考えるだろう。
人間の入れないような場所に入り込んでの諜報活動にも使えるであろうし、何よりその姿で敵を欺くことが可能だろう。
見た目ただの可愛い子猫が、きょとんと首を傾げた。マスタングはがっくりと膝をつきたくなるのをどうにかこらえた。
「あの場には軍の上層部がやたらいたんだ。その意味が分からない君ではないだろう、エドワード。」
「ほう、エドワードという名前なのか。」
突然、背後から声をかけられてマスタングもホークアイもぎくりと背筋を強張らせた。
子猫だけは、静かに声の主を見ている。
階段の踊り場に落ちる外の光が、子猫の背をいっそうまばゆい金色に輝かせている。
こつこつと靴音を立ててブラッドレイが歩み寄った。
軍人たちが慌てて敬礼を取るのを軽く受ける大総統の表情は読めない。
「君の猫かね?マスタング大佐」
「いいえ。私の猫ではありません」
子猫がわずかに目を眇めた。
即答しても良かったのだろうかとホークアイは内心で不安に思ったが、大総統の気に障った様子は見えない。
「ああ道理で。それで首輪を着けていないんだね」
「はい。」
「君の錬金術は見事だったね」
大総統は子猫に向かって声をかけた。
「どうだね、国家錬金術師になってみないか?」
「閣下?!」
ぽん、と爆弾発言が飛び出した。子猫も虚をつかれたのか、ふらんとしっぽを手すりから落とした。
「閣下、彼は猫です!」
「分かっているとも。だが優秀な人材ならば誰でも受け入れよう」
「いやだから猫ですよ?」
「おお、そうだな人材ではなく猫材とでも言うべきだったかな」
はっはっはとおおらかに笑う。
「そういう問題ではありません、閣下。猫に忠誠心を求めても無駄です。」
痛む頭を押さえつつどうにかマスタングが進言する。
「ふむ。君もそう思うかね。」
この国の最高権力者は真剣に猫の意見を伺った。
「うなぁ」
小さく、だがはっきりとした答えを返す。
それを聞いてマスタングは内心胸を撫で下ろし、ブラッドレイはしょんぼりと肩を落とした。
だがすぐに立ち直り、別の条件を切り出した。
「では、こういうのはどうだね。君は錬金術師だ。確か錬金術では等価交換というのだったね」
エドワードは耳をぴくりと動かした。どうやら興味を惹かれたようだ。
「君に国家錬金術師と同等の権限を与えよう。その代償は君に首輪を着けることと、年に1度、査定代わりに私の所に顔を出すことだ。それでどうだ?」
「それは等価でしょうか?」
「この小さな獅子とならば十二分だろう」
改めてブラッドレイはエドワードに向き直る。
金色の目でじっと大総統を見詰めている。しばらく思案するかのように尾をゆらゆらと揺らしていたが、やがて覚悟を決めたのか手すりの上に立ち上がる。
そうして差し出された手を伝って大総統閣下の肩によじ登った。
「契約成立かね?」
「にぃ。」
「そうかそうか。では早速首輪を準備させよう。」
上機嫌で子猫を肩に乗せたまま立ち去る大総統の後ろ姿を見ながら、マスタングは拳を握り締める。

「必ず大総統になってやる…!」
そうして自分の手でエドワードに首輪を着けるんだ、と堅く心に誓う。
「頑張って下さい、心から応援します。」
本心はどうあれ、ホークアイは無表情に言った。

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