その日、マース・ヒューズが帰宅すると、愛娘は小さな生き物に夢中になっていた。
「かっこよかったのよ!ひゅって飛んできてね、あっと言う間にやっつけちゃったの!」
興奮さめやらぬ様子で目を輝かせて報告してくれるのは微笑ましいのだが、どうも状況をつかめずに、妻に助けを求めた。
グレイシアは苦笑しながら説明してくれた。
「エリシアが公園で遊んでいる時に、野良犬が入り込んできたの。それで子供達が大声で騒ぐものだから、犬も興奮しちゃって」
「それで怪我はなかったのか?!」
「大丈夫よ、誰も噛まれたりはしなかったから。…その子のおかげでね」
そう言って示す先には、小さな子猫が丸くなってうとうととしていた。
暖炉の前の一等席を占めている。エリシアが一生懸命構おうとしているが、眠いのか時々しっぽを動かす程度であまり相手にしていない。
「この子猫が?」
「そう、この子猫が。」
半信半疑な夫にグレイシアはただゆったりと微笑した。
「逃げおくれたエリシアをかばうみたいに飛び出してきて、野良犬の足や鼻に噛みついて、追い払っちゃったの。本当よ」
「へえ…こんなちっこいのに凄いんだな」
そう言って撫でてやろうと手を伸ばしたら、したたか引っ掻かれた。
「痛っ!」
「ああ駄目よ、いきなり手を出したりしたらびっくりするでしょ?」
うなり声を上げ全身の毛を逆立てている子猫を、大丈夫よと言って抱き上げてグレイシアは優しく撫でた。
「この人は悪い人じゃないのよ、怖がらせてごめんなさいね?」
「パパ、怒らせちゃダメよ」
「…って…あーすまん。悪かった。」
妻と子に責め立てられてヒューズは素直に謝った。
どうにかなだめられた子猫は、ふいっとそっぽを向いた。どうやら心証はよろしくなかったらしい。
「ああ、でもどうやら今日は猫に縁がある日だな。」
今度は引っ掻かれないようにそっと背を撫でながらヒューズは呟いた。
子猫も気持ちが良いのかぱたりと目を閉じる。
「今日、ロイの奴とも猫の話をしたんだ」
「あら、マスタングさんと?」
ぴくり、子猫の耳が反応した。
「東方司令部に子猫がいるらしくて、写真も持ち歩いてた。」
ひくりとひげが揺れる。ヒューズはそれには気付かず、話を続ける。
「あの方が猫を飼うのはちょっと意外ね。」
「何だかもうめろめろだったぞ。ロイだけじゃなくてホークアイ中尉もだったのが以外と言えば意外だったな」
「まあ…」
「丁度こんくらいの子猫だったかな。エドワードとか言ったな」
「なぁお」
子猫が一声、鳴いた。
何が気に障ったのか、少し不満げな様子でしっぽを揺らしている。
「何だ?」
「他の子猫の話をしたのが気に入らなかったのかしら?」
「うなあ。」
「…違うみたいだぞ。」
ふとそこである可能性に気付いて、恐る恐る呼んでみる。
「……エドワード、か?もしかして」
「にゃあ」
即答だった。
音も立てずに軽やかにグレイシアの腕から降りると、ラグマットの上にちょこんと座った。金色の目が真っ直ぐにこちらを見上げている。
それは丁度、昼間マスタングから見せられた写真と全く同じ姿勢だった。
「え?何でこんな所にいるんだ?イーストシティにいるはずじゃなかったか?」
ヒューズの混乱を余所に、子猫は顔など洗い始める。
「マース、とにかくよく分からないけど、この子はマスタングさんの所の猫なのね?」
「ああ…多分」
「エリシアがこの子を飼いたがってたけど、それでは駄目ね。」
泣きそうな娘の頭を撫でるグレイシアもどこか残念そうだった。
「どこかの家の猫のようだから、無理だと思ってたの。」
「ママ…」
「だってほら、毛並みもきちんと手入れされててきれいだし、人によく馴れてるでしょ?」
「…俺は引っ掻かれたぞ?」
「それはあなたが威かすからよ。ね、どこの子か分かったから、また会いに行けるわ。だから諦めましょうね、エリシア」
「うん…」
それでも涙ぐみそうになるエリシアに、エドワードは大人しく撫でられながら喉をくるくると鳴らした。
その晩、どうしても離れたがらないエリシアの枕元で丸くなって眠っていたエドワードは、次の日の朝には姿を消していた。

「昨日うちにお前の所の猫がいたぞ」
「そうか。」
驚かせるつもりで言ったのに相手の反応は素っ気なくて拍子抜けした。
「今更あれがどんな所でどんな行動を起こそうと驚かん。…が、それは間違いなくエドワードだったのか?」
「多分同じ猫だと思う。」
「ちっちゃかったか?」
「ちっちゃかったな」
「思わずそれを口にするほどか?」
「ああ」
「言ったら引っ掻かれなかったか?」
「あ、そう言えば引っ掻かれた。」
ほれ、と手の甲に薄く残る傷跡を見せると重々しく頷く。
「それでは間違いないな。」
「………どういう確認方法だよ、それは。」
「あれは小さいとかチビとか豆とか言うと物凄く怒る。それ以外では大概聞き分けは良いんだが。」
マスタングはそう言って苦笑した。
「人間の言葉が分かるみたいだな。」
「みたいじゃなくて分かってるぞ。他に何かなかったか?」
「何か…ちょっと機嫌が悪かったな、そう言えば。」
「何の話をしてた?」
「いや、ロイが猫を飼い始めたらしいぞ、とかそんな話」
「それですね。」
側に控えていたホークアイが静かに口を挟んだ。
「大佐の飼い猫扱いされたのが不満だったんでしょう。」
「は?」
「…まあそんなところだろうな」
マスタングは寂しげに遠くを見た。
「あれは首輪を着けていなかっただろう?誰の所有権も受け付けない。」
「そう言う猫なのか…?」
確かにあの気の強さでは納得出来た。
だが、納得出来ないこともある。ヒューズは尚も疑問を呈した。
「けどあんな子猫がどうやってイーストシティからセントラルまで来たんだ?お前が連れてきた訳じゃないんだろ?」
「推測ですが、おそらく汽車を使ったものだと思われます。」
ホークアイの予測にマスタングも頷く。
「歩いてここまで来たと言うよりは現実的だな。」
「列車に迷い込んで運ばれたって所か?だったらお前の所まで連れてくれば良かったな。」
姿を消した子猫がイーストシティまで帰れないことを心配して人の好いヒューズは言った。
だが東方司令部の二人は動じることもなく首を振った。
「その心配はいらない。あれは帰りたくなったら帰ってくる。」
「エドワードくんなら大丈夫でしょう。」
「おいおい、子猫だぞ、心配してやれよ」
「多分な、エドワードは迷い込んで列車に乗った訳ではないと思う。」
「は?」
「自分の意志と目的を持ってセントラルまで来たんだろう。気にするには及ばん」
きっぱりと言い切る親友を愕然と見た。
未だ信じられないらしいヒューズに対する説明が必要だろうとマスタングは考えた。
丁度手元にあった報告書をその手に乗せる。
「それは先月末にニューオプティンであった列車強盗事件の報告書だ。まあ読んでみろ。」
言われてざっと目を通す。
ニューオプティン行きの列車内で強盗事件が発生。犯人は逆上し人質を取って機関室に立てこもるも乗り合わせた錬金術師の手により捕縛。
ニューオプティンにて軍部にその身柄を引き渡された。
「犯人逮捕に協力した錬金術師の身元は不明…って、これがどうかしたのか?」
「錬金術師の協力となっているが、それは後から現場に残った錬成の跡から判断しただけであってな。実はよく分かっていないんだ。」
「それはここにも書いてあるな。」
「そこには書いていないが、面白い証言がある。猫だ。」
「は?」
今日は虚をつかれてばかりだな、と心のどこかでヒューズは思った。
そこでどうして唐突に猫が出てくるのか分からない。
「捕まった犯人はうわごとのように『猫が、猫が』と繰り返す。乗客や機関士も『猫が犯人を追いつめ捕まえた』と口々に言うが軍はそんなふざけた証言は取り上げない。」
あんぐりと口を開くヒューズの手から書類を取り上げ大佐は肩をすくめた。
「真相は藪の中だ。本当のところ、それがエドワードの仕業なのかも分からん。何せ私はあれの飼い主ではないのでな。」
「…本当に猫なのか?どっかの研究所で作られた合成獣とかじゃないのか?」
「下手に問い合わせたりしたら逆に研究材料として強制収容されそうなので確認はしていない。が、本人が否定している。」
「どうやって?!」
今度はマスタングの方が意外そうに軽く目を瞠った。
「何だ、あれと話はしなかったのか?」
「いやだから、猫だろ?それとも何か、錬金術で猫語を話せる何かがあるのか?!」
「そこまでしなくてもどうにかなるぞ。お前の方があれに好かれやすそうだと思っていたがそうでもなかったのか?」
「そう言う問題なのか…?」
がっくりと肩を落とすヒューズを、ホークアイはどこか労るような眼差しで見ていた。

(090305)
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