先に聞こえてきたのは低いうなり声だった。
てっきり野良犬のケンカかと思って、ハボックとブレダはその空き地を突っ切るという近道を諦めようとした。
だが、視界の隅を金色の何かが飛び去った。
午後の陽光を閃かせた毛並みに、東方司令部のものなら大抵思い辺りがある。
「エドじゃないのか、あれ。」
「大将あんな野良犬にもケンカ売ってたのか…」
浅黒い彼の何倍もありそうな犬と真っ向から真っ向からにらみ合っている。
その毛を逆立てていても、その体格の差は歴然としている。
「…?いや、違うぞ、あれはエドじゃない」
「え?」
「ほら首輪してる。」
言われてみれば、よく似てはいるが猫違いだった。
エドワードに似てはいるものの、その猫は幾分毛色も瞳の色も濃い。
その首には濃紺の革の首輪が巻かれている。あのエドワードが大人しく首輪を着けられているとは思えない。
一応識別のために赤いリボンを結んでやろうとして一騒動あったことは記憶に新しい。
「じゃあ大将は…あ、」
両者の緊張が臨界となり咆吼を上げてぶつかり合うかと思われた。
けれども子猫はその爪と牙を紙一重でかわし、そこに野良犬の隙が出来た。
野良犬の死角となる全く違う方向から、別の小さな光が飛び出してきて、その鼻先に食らいついた。
首輪の猫が犬の後ろ足に噛みついたことで体勢は完全に崩れる。
それで決着はついた。
野良犬はほうほうの体で逃げ出し、エドワードはそれを気にも留めずに首輪の猫に駆け寄った。
「大将、お見事でした。」
ハボックが抱き上げて労をねぎらってやっても、もう一匹の方ばかりに寄っていこうとする。
首輪の猫もハボックの膝に爪を立てて気にしているので、ブレダがその首根っこをひっつかんでハボックの腕の裡に放り込む。
すると首輪の猫はエドワードのひっかき傷に気付いてしきりに舐めた。
「あー…これは司令部に戻って手当てした方が良いかな」
「だな。急げばお茶の時間に間に合うだろ。」
エドがいるとお茶菓子が付く。猫を抱えた軍人達は帰途を急いだ。

「とうとう分裂したか?」
もうこの猫が何をやってのけても驚かないぞ、と言外に滲ませてマスタングは言い放った。
「違うって事は見りゃ分かるでしょ。」
首輪を着けた方の子猫は大人しくミルクを飲んでいた。
その間にエドワードは傷の手当てを受けている。消毒液がしみるのだろう、逃げようとする身体を必死に留めて強張らせている。
無闇に逃げたり暴れたりしないのは、その意味を知っているからだ。
2匹はここに来るまで一向に離れようとしなかった。
手当のためにエドワードだけを抱き上げた時も、首輪の猫は懸命に追おうとした。
それをエドワードが小さく鳴いて押しとどめ、首輪の猫もそれに従った。
「それにしても本当に仲が良いなあ。見た目も似てるし、兄弟かなんかかな?」
「にゃあ」
フュリーの疑問に対して短く肯定の声が上がる。
手当が終わって解放されたエドは真っ直ぐに首輪の猫の元へ向かう。
首輪の猫はすいと避けて、エドにもミルクを勧めるような仕草を見せたが、エドはふーっとうなり声を上げて拒否した。
耳を伏せて不機嫌をあらわにするエドワードをなだめるように首輪の猫はその鼻先を軽く舐めた。
「そっか、大将の兄貴か。」
「ぐなあ」
そう言って撫でてきたハボックの手をエドワードはしっぽで叩いた。
「…違うのか?」
「ひょっとしてエドの方が兄貴なんじゃないか?」
ぱたりと穏やかにしっぽが揺れる。どうやらそれが正解らしい。
「弟の方が大きいじゃないか!」
「あ、大佐」
「っなぁう!」
「そう言う事言うと引っ掻かれるっすよ…って遅かったっすね。」
電光石火で飛びかかってきたエドワードにマスタングはしたたか引っ掻かれる。
まだ毛を逆立てているエドワードをいさめるように弟猫は「にゃあ」と鳴く。
「弟の方は飼い猫なのか。」
「首輪からするとそうでしょうね。」
「そうすると、エドワードの方だけ手に負えなかったから捨てられたとか拾われなかったとかそう言うことなのか?」
尋ねてみたが答えは返らない。
ちらりちらりと弟猫が気遣うような視線を送っているが、すました顔でそっぽを向いている。
諦めてマスタングは引き出しを探った。
「…まあいい。その分では弟くんにも名前があるのだろう?何と言うんだ?」
「つっても大佐、猫はしゃべれませんよ」
前例を直接見てはいないブレダが尤もな口を挟む。
「こんなこともあろうかと、こういうものを用意しておいた。」
引き出しから鮮やかに色の塗られたブリキの缶を取り出し、中身をざっと机の上にあけた。
「英字ビスケット?」
「懐かしいですね」
「これを使えば人名辞書から名前を拾うとか言った面倒なことはしないですむだろう。」
しかしフュリーはどこか不安そうだし、ブレダは胡散臭そうに見ている。
そんな同僚の姿を見てハボックはまあしょうがないかなと苦笑した。
エドワードはいつものように音もさせずに軽やかに机の上に飛び上がると、机の上にばらまかれたビスケットを一瞥した。
おやつと見なして食っちゃって終わりなんではないかという一部の危惧を関知もせずに幾つかを拾い上げては並べていく。
「…A、L、P、H…アル…アルフォンス、か?」
「にゃあ」
机の下から返事が返る。
床にちょこんと座った弟猫が、兄に似た眼で軍人達を見上げている。
「兄弟揃ってたいした名前だな」
大佐のいやみに、エドは軽くひげを揺らす。
ちらりと見やってから近くにあったTをくわえるとすとんと床に降りる。
困惑するブレダとフュリーをよそにビスケットをアルフォンスの前に置くと促すように小さく鳴いた。
アルフォンスがそれを食べ始めると、側で毛繕いをする。

それ以来東方司令部に現れる子猫が時折二匹に増えることとなる。

(260105)
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