東方司令部内で金色の子猫が頻繁に目撃されるようになった。
とは言っても住みついた訳ではなく、ふらりと現れて一通りの目的を果たすとまた姿を消す。
一ヶ月近く姿を見せない時もあれば、毎日続けて通い詰めることもある。

初めの頃の抱き上げると手に骨がごつごつ当たるような痩躯は程良く肉が付いてきたがまだ小さい。
どうやら食べ物に困ってないらしい、との噂を耳にする。
非番の時に市場で彼を見かけたハボックが「俺より良い肉食ってたっす」と嘆いていた。
子猫の名誉のために状況を説明すれば、それは正当な報酬であって決して勝手に失敬したものではない。
肉屋の店先から逃げようとした釣り銭詐欺の足下をすり抜け、棚を駆け上って足場にして飛び上がり、その視界を塞いだ。
仰天した男は脚を滑らせ派手に転倒、すかさず子猫がそののど元に爪を立てて動きを封じた所を店主に捕まった。
その一件以来、子猫は市場の親父さんおかみさん連中に可愛がられて餌の苦労はしていないらしい。
最初にその報告を聞いた時にはそんな出来すぎた話もないだろうと思いマスタングも話半分に聞き流していた。
だが、軍部内で見かける子猫の様子から類推すると、どうやらあながち誇張でもないようだ。

もちろん、ごく普通の子猫のように動く軍服の端にじゃれかかってきたりバッタを捕まえてきて見せたりもする。
うっかり雨樋にはまって助けを求めたりということもやる。
だが、ごく普通の子猫ならそこらにやたらとひっかき傷を作ったり大事な書類を壊したりもしそうなものだが、何故かそれは決してしない。
それどころか、人間に対して爪を立てたり本気でかみついたりもほとんどしない。
せいぜいが甘噛みでじゃれかかり、ピンク色の肉球で猫パンチが関の山だ。
(それで女性事務官をめろめろにしておやつにありついていた。)
観察していると、基本的に気が短くてけんかっ早い性格であるようなのに反面ひどく思慮深い。
自分よりも大きな猫や時に野良犬ともけんかをしてくることがしょっちゅうで、始終切り傷や擦り傷をこしらえている。
それでいて、人間を相手にする時には冷静に時と場合を判断しているようだった。
よそから頭が固いばかりの偉い軍人が来ている時には決して姿を見せない。
どこにでも気軽に入り込む癖に、重要な会議の場に紛れ込んだりしてくることはない。
一度「それは駄目だ。」と言われたことは二度としない。
結論として、どうやらこの子猫は人間の言葉を完全に理解しているようだ。

ある時、マスタングは子猫を肩に乗せたまま資料室へと向かった。
重くはなかったし邪魔にならなかったのでまあいいかと思ってのことだった。
子猫の軽さと言ったら、あれだけ食べたものは一体どこに消えているのだろうかと首を傾げたくなるほどだ。
子猫が付いてきたのも、どうやら好奇心からだったようだ。ピンと耳を立てて、今まで入ったことのない部屋の中をきょときょとと見回している。
錬金術に関する専門書ばかりが収められたこの部屋には、滅多に人が出入りすることはない。
大佐は目当ての本を取り出すと椅子に腰掛けて本を広げ、読み始めた。
読み始めてしばらく経った頃、ぽん、と軽く叩かれた気がした。
「…?」
振り返ってみるが、誰もいない。
気のせいかと思って意識を本に戻そうとすると、またぽんぽん、と叩かれる。
そちらを見遣ると、やはり誰もいない。
誰もいないが、子猫が肩の上に乗っている。
位置関係から言って、子猫のしっぽに叩かれたと見るのが正しいらしい。
「…何だね?」
「なぁう。」
声をかけるとこちらに顔を向け、またぱたぱたとしっぽで背を叩く。
首を傾げると、するりと肩から降りて本とマスタングの間に座る。
そうしてかりかりとページをめくろうとする仕草を見せた。爪は引っ込めたままなので本に傷は付かないが、ページが捲れることもない。
「うなあ。」
「ページをめくれと言う事かね?」
ぱたんと動かされたしっぽがそれを肯定していた。
要望通りにページをめくってやると、子猫は満足げにしっぽの位置を変えると、本の表面を視線で追っていた。
「君は字が読めるのか?」
尋ねては見たものの、答えは返ってこない。完全に没頭している。
「…これは一応、国家錬金術師にしか閲覧を許されてない書物なんだがね……」
呟いては見るものの、集中しきっている子猫には聞こえていないようだ。
聞こえていたとしても子猫には無意味だっただろうが。
そうしてまた、しっぽで軽く腕を叩かれることでページめくりを促される。
最後まで読み終わった子猫は満足したのか、どこかふわふわした足取りでマスタングを置いて出て行った。
「人間でも難しい本を、猫に理解出来たんだろうか…?」
残された大佐の疑問に返る答えはなかった。
しかし多分、子猫が人の言葉を喋ることが出来ていたならば次のような回答が得られたであろう。
「なんとなく。」
つまりは、そう言う猫だった。

子猫が東方司令部に頻繁に姿を現すのは、決して食堂のシチューや女子事務官のおやつのご相伴が目当てではない。
大体食べ物には困っていないことは明白だ。
「まさか、な。」
そのまさか、であったらしい。
子猫はロイ・マスタングに食物ではなく遊ぶことでもなく、本を読むことを要求した。
その内錬成陣も書き始めるのではないかとマスタングは危惧している。

(190105)
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