「大佐。上着はどうなさったんですか」
今朝は確かにコートを羽織っていたはずの上司にホークアイは尋ねた。
出先に置いてきてしまったのだろうかと心配したのだ。
だがマスタングは面白くもなさそうな表情で答えた。
「執務室で猫に取られた」
「は?」
思わずホークアイは目を瞠った。それににやりと笑いだけ返して、マスタングは静かに執務室のドアを開けた。
「…ああ、まだ眠っているな。」
潜められた声は笑みを含んでいる。
そっと足音を忍ばせて中に入る大佐について入って見てみると、椅子の端から赤い裾がこぼれて見えた。
「あらまあ。」
椅子の上で丸くなってエドワードが眠っていた。下にしっかりとマスタングのコートを敷き込んでしまっている。
「これでは仕方がありませんね」
「だろう?」
「よほど疲れているんですね。」
中尉がそっと髪に触れてみたが、起きる気配を見せない。静かな寝息を立てて眠り続けている。
「東の国のとある宗教の教祖となった預言者の話なんだが。
礼拝の時間になって出かけようと思ったが上着の上に猫が寝ていたのを起こさなかったらしい。」
それに倣ってみた訳ではないがね、と笑う。
「そして猫には天国での一番良い場所を約束されたらしい。」
猫は、もっとも良い場所で昼寝をする権利があるのだという。
「羨ましい話ですね。」
「全くだ。」
この子供がそんな話を聞けばきっと自嘲するのだろう。
自分は決して天国になど行けるはずもない罪人なのだから、と言って。
だからこそ、今ここでぐっすりと眠っている彼を起こしたくはなかった。
あまり好んではいないはずの軍部内で眠ってしまうほどに疲れているのならば尚更だった。
「失礼します、大佐」
書類を抱えて部屋に入ってきたハボックに、マスタングもホークアイも黙って唇の前で指を立てた。
無言で指し示された先を見てばっと手で口を塞ぐ。その背後に従ってきたファルマンも、口に手を当てた。
「…寝てますね。」
「ああ。だから、静かにな」
「はい。」
こくこくと頷いた。
「本当によく眠ってますね」
「この下に敷いちゃってるのは大佐の上着じゃないすか?」
「ああ。おかげで私は上着なしで出る羽目になった。」
わざとらしく大きな溜息を吐いてやる。ハボックは苦笑した。
「…昔、シン国の皇帝が午後の政務に出ようとした時に、一緒に寝ていた色小姓を起こすに忍びなく、起こさぬようその色小姓が敷いていた自らの上着の袖を断ち切ったという故事があります。」
ファルマンが淡々と知識を披瀝する。
「以来、断袖と言えば男色を指すこととなったそうです」
「へぇー…」
感心しつつハボックは一歩、大佐から遠ざかった。ホークアイがじっと大佐を見ている。その視線はかなり冷たい。
「…おい。何が言いたい?」
「いえ別に?」
「何故目を逸らす。」
「では私は仕事に戻ります」
「あ、待ていらん誤解を残して逃げるなファルマン!」
「大佐、あんま大きな声出すと大将が目を覚ましますよー」
「いいわ少尉、…エドワード君、起きなさい」
ホークアイに軽く肩を揺すられてエドワードは目を覚ます。何回か眼をしばたたかせて辺りを見回すと、軽く首を傾げる。
「…えっと…中尉?あれ?」
「おはよう、エドワード君。」
「大佐と少尉も。…って、あっオレ!」
ようやくここがどこなのか思い当たったらしく途端にあたふたと慌てるエドに中尉は優しく微笑んだ。
「折角気持ちよく眠っていた所をごめんなさいね?」
「いやオレのが悪いから!ごめん、こんな所で寝ちゃって!」
そこで握り混んでしまっていた大佐のコートにも気付く。
「あ、これ!悪ぃ、皺になっちまってる!」
「それも良いのよ、掛けもせずに置いといた人が悪いんだから」
「中尉…」
「それよりこんな所で寝るのは危ないわ。仮眠室が空いていたはずだからそちらに行きましょう」
「危ないって?」
「いやだからそれは誤解だと」
柔らかな笑顔を崩さないホークアイと慌てるマスタングとをきょとんとした目で見ている。
少し離れた位置にいるハボックに視線で説明を求めたが、にやにや笑ってばかりで一向に埒があかない。

とある平和な午後の出来事だった。

(041204)
□close□
本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース