あれやこれやがあって、鎧の身体だった妹は、元の生身に戻った。
柔らかくて温かい。…のは良いんだが。
「アル。」
「何?兄さん」
「どうしてお前はそういっつもくっついてくるんだ?」
「兄さんに触ってたいからだよ?」
ちょこん、と首を傾げてそう答えるアルは掛け値なしに可愛い。
多感な時期を感覚のない鎧姿で過ごした反動だろう。アルは始終触れてくる。
もうちょっと離れろ、とかくっつき過ぎじゃないか、とか言えば「邪魔だった?」と哀しげな顔で目に涙まで浮かべるから何も言えなくなる。
邪魔と言うほどではないし実際柔らかくて細い指で触られたり撫でられたりするのは気持ちが良いので好きにさせている。
「でもな、アル。」
「んー」
眼鏡のブリッジを口でくわえて外される。
「オレは今、本を読んでたところだったんだけどな。」
腕の間に身体をするりと潜り込ませて、外した眼鏡はサイドテーブルの上に載っけてご満悦の表情だ。
眼鏡は取られたし本はアルの背中の向こうだしで読書は諦めるほかない。
くすくすと笑いながら、アルは顔中にキスを降らせる。
額や頬には勿論、唇にもキスをする。
流石に唇は無邪気にする歳でもないだろうと言うようなことを言ったら泣かれかけたので好きにさせている。
「兄さんはボクが嫌いなの?こうされるのは嫌?気持ち悪い?」と畳み掛けられたら白旗揚げるしかないだろう。
本を閉じてアルの腰に手を回すと、アルはますますしがみつく。耳から首筋にかけてにもキスされている。
オレの妹はこんなにキス魔だっただろうか、と幼い日を振り返ってみる。
それより余所でもこんな誰彼構わずキスしてたりしないだろうな。相手は選べよ、妹よ。
そんな事をぼんやりと考えていたら、アルの動きが止まった。顔を上げて、こっちをじっと見ている。
「何だ?」
「…兄さん。こうしてて何か感じるものはないの?」
「何かって」
ソファの上に仰向けに寝っ転がってるオレにアルが乗っかってきている状態で感じること、か?
「んー…お前、体重増えた?」
速攻で横っ面を叩かれた。
「兄さん酷い!何考えてるの?!」
「いやだってお前背も伸びてるから体重も増えてそうだし」
「年頃の女の子にそれ絶対禁句だよ!?」
顔を真っ赤にして怒鳴るがお前、年頃の女の子は臆面もなく年頃の兄の上に乗っかってキスなんかしてこないと思うよ。
どうもオレの中のアルは10才のアルからなかなか大きくなってはくれない。
「身長だってこれ以上大きくなったら兄さん追い越しちゃいそうで気にしてるのに!」
「悪かったな妹に追い越されそうな程の蚤並みどチビで!」
それは寧ろオレの方が気にしている10数年来の懸案事項だ。
妹がすくすくと背も伸び出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだ非の打ち所のない成長を見せるのは何より嬉しい。
それに引き替え伸び悩む自分はどうだ。…今の所は僅差で辛うじて兄の面目を保ててはいるが。
「兄さんの錬金術バカ!恋愛音痴!不能ーっ!!」
そう叫ぶと、アルはだっと居間を出て行った。

「…兄妹喧嘩?」
丁度入れ違いにウィンリィが入ってくる。呆れ返ってます、とでかでかと顔に書いてある。
「まあそんなとこ。」
「何か凄い台詞吐いてたような気がするんだけど。」
特に最後の。あれを言われてノーダメージに見える男は初めて見る。
機械鎧の整備にこの幼馴染みが来るというので外出もせずに本を読んで過ごしていたんだっけ、と今更思い出す。
ウィンリィはエドワードの横に座ると、工具を広げ整備の準備を始める。
「アイツ、母さんに似てきたよなあ」
「しみじみと言うことなの、それ。」
「母さんの場合は『ホーエンハイムの錬金術バカー甲斐性なしー』だったけどな」
「…あたしは一体何処から突っ込めばいいのかしら?」
取り敢えず遺伝子は強固に働くものらしい。
「まーほどほどにしときなさいよーアル泣いて困るのはあんたなんだし。」
「分かってるよ」
何が何処まで分かっているのか怪しい、とウィンリィは内心溜息を吐く。
エドワードが自他共に認めるマザコンでシスコンなのは確かだが、アルの方はブラコンの域を超えている。
端から見てもあれは『恋』以外の何ものでもないと思うのだが、この恋愛音痴だけがどうも分かっていない。
この男は、どうも色恋沙汰に関する神経回路がすっぽ抜けているらしく、妹は勿論だが幼馴染みもそれ以上に発展する兆しが全くない。
淡い初恋くらいには育ってくれても良かったんじゃないかと整った横顔を見て思う。
それなりに背も伸びて(平均よりはやや低いが)すっきりと子供の丸みの落ちた幼馴染みは間違ってもちんくしゃではない。
経験を経て行動も幾分かの落ち着きを備え、何か深みのようなものさえ出てきた。
「…これで本当にマザコンでシスコンで錬金術バカで恋愛音痴じゃなければねー」
「…おい。心の声がはみ出してるぞ。」
「そんぐらい言わせなさいよ。はい、腕見せて。」
矢っ張り機械鎧も綺麗だわ、と自画自賛めいたことを呟く。
「そんぐらいってかなりなこと言われてる気がするんだけど…」
「でも事実でしょ、全部。」
「………否定はしない。」
「んじゃついでに訊くけど不能も事実?」
「年頃の女の子がそう言うことを訊くなよ…」
がっくりと脱力する。思ったよりもダメージは受けていたらしい。
「年頃の女の子だから気になるんじゃない」
「そう言うもんなのか?!」
あっけらかんと言う幼馴染みにエドはかなり衝撃を受けたようだ。
「アルみたいにスタイル良くて顔も良くて声も良い性格も可愛い女の子と四六時中一緒で何もないんじゃ疑いもするわねー」
「何もないって…アルは妹だぞ?」
「それはそうなんだけど」
アルも頑張ってるのにね、とウィンリィの内心は複雑だった。
あそこまで一生懸命なのにここまで影響一切ないのもちょっと不憫だ。
自分も似たようなものだが、少し前に吹っ切った。色恋の絡む位置ではなく、家族に近い幼馴染みの距離で居る方がお互い心地良い。
後はそれを理解してくれる彼氏を捜すだけだ、とウィンリィは思っている。
取り敢えず無闇にエドに対抗心を燃やしたりいらない嫉妬をしたりする男はスタートラインにも立てない。
大体、エドに嫉妬しているようでは機械鎧にかける愛情を理解出来るとは思えない。
暫くは機械鎧が恋人で良いかしら。そんな事をつらつらと考えていたら。
「大体別に不自由してないのにアルとどうにかなる訳ないし。」
ぽつりと、エドが呟いた。
「……………今なんか言った?」
取り落としそうになったスパナを握り直して、ウィンリィは恐々と聞いた。
何だか物凄い問題発言だったような気がする。
「いいや何でも。」
にっこりと、エドワードは白々しい笑顔で答える。
聞き流せ、と声なき声が聞こえた。
「気のせいだったみたいね。」
「そうそう気のせい。」
張り付いた笑顔のまま、ウィンリィは作業に没頭した。

(210804)

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