「まぁたはずれかー…」
次の列車は三日後の予定、と告げられた駅の片隅にエドワードは座り込んだ。
時刻表の存在意義があるのか分からない。駅はご近所の有志により運営されているらしい。
教えてくれた今日の駅当番の人も、もう家に帰ってしまった。確かに仕事もないだろう。
自分たちの故郷も大概田舎でのんびりしていたものだが、ここまで来るといっそ見事だ。
「でも珍しいものではあったよね。」
「確かに滅多に見られるもんじゃないけどさ、結局ただの鍾乳洞だったし。」
「でも間歇泉付だったし、綺麗だったし」
「山一つ越えて見る価値があったか?場所的に観光資源としても難しいぞ、あれ。」
この町そのものがまず何処からも遠い。その上更に徒歩4時間山登り3時間の場所に、噂の「珍しい石」もとい鍾乳洞はあった。
知る人ぞ知る隠れた名跡らしいが(何やら出来過ぎた伝説とやらのおまけ付き)あれでは遠すぎる。
「本っ当、遠くまで来たもんだよねえ」
のんびりとアルフォンスは言う。
客もないから宿屋もない。駅の軒先を当座の宿として拝借する事にして座り込んでしまうと、兄はどっと疲れが湧いた様だった。
「遠くを探せば良いってもんじゃないんだろうけどさ」
がしゃん、と体を軽く動かして兄の体を凭れさせる。兄も逆らわずにくたりと力を抜いた。
「じゃあ、目的のものは実は近くにありました、とか?」
「青い鳥かよ。」
「案外リゼンブールにあったりして。」
「…家の書斎とか?笑えねえぞ、それ。」
「大体燃やしちゃったしねえ。」
「それ以前にあそこの本は皆読んでただろう。あったら流石に気付いてる。」
そうかな?と思ったが敢えてアルは黙っておいた。ただ少し、首を傾げる。
「…賢者の石なら、燃えずに残りそうだよな。完全な物質な訳だし。」
「そうだね。」
傾いた日差しが心持ちゆっくりと降りてくる。
「そうだ。残っていると言えば、あれ、残ってそうなんだけど。」
兄の金色の髪に降りる光を見ていて不意に思い出した。
「あれ?」
「うん。庭の木の下に埋めた宝物。」
「え?何埋めてたんだお前?」
エドが目を瞠って見上げてくる。アルは笑った。
「覚えてる?兄さん一度だけ白いワンピース着たよね。誕生日のお祝いに。」
内緒よ、と言って母が着せてくれた。フリルとレースのついた可愛い服だった。
「ああ、あまりの似合わなさにお前、ぱかーと口開いて呆れてたあれか。」
「…兄さん、それ違う。」
何処か憮然とした様子の兄にアルフォンスは内心頭を抱えた。
「あんまり綺麗だったから、見とれてたんだよ。」
「そおかあ?そう言う顔じゃなかった気がするけどな。」
「うーん…まあ驚いたって言うのもあるんだろうけど。」
翻る白いワンピース、髪にはリボンとビーズの髪飾り。蜂蜜色の日溜まりの中で光が踊っていた。
「あの時初めて、ボクは兄さんが自分と違うものなんだって分かったから。」
「…何だ、それ。」
「えーっとね、それまでボクと兄さんと、自分であまり区別がついてなかったというか…兄さんが、自分の外側にある自分だと思っていたみたいなんだ。」
自己と他者の境界が曖昧な世界で、自分が笑えば兄も笑い、兄が泣けば自分も泣いた。
「いつも一緒にいたから、何処かで繋がってる同じものの様な気がしていたんだ。でも」
女の子の服を着た兄は確かに「女の子」で、自分とは決定的に違う存在に見えた。
白い裾から伸びる脚も、俯いて恥ずかしそうに赤く染まる頬も金色の目も髪も、まるで違う。
「その時初めて、兄さんが『自分』と『違う』もので、そう言うものが世界に存在するんだって知ったんだと思う。」
「…何だが大げさな話だな。」
複雑な表情だ。微かに頬が染まっている気もする。
何だか嬉しくなって体を揺らす。一緒に兄も身動いだ。
「でね。服は母さんが見付からないようにってしまっちゃったけど髪飾りの方はどうしてもってねだって。」
「…埋めたのか。」
「うん。兄さんには内緒でね、他の宝物と一緒に大事に箱に入れて木の根本に埋めておいたんだよ。」
兄に秘密を持ったのはあれが間違いなく初めてだった。
ぱたりと兄の目蓋が閉じた。そのままにしておけば眠ってしまうかもしれない。それじゃ風邪をひくかもな、とぼんやり思う。
風は当たらないだろうけれども日が落ちたらそれなりに冷え込むだろう。寝入る前に掛けるものを出しておきたいな、と腕を伸ばす。
荷物を引こうとした所に、小さく声がかかる。
「…そろそろ、機械鎧の整備が必要な気がする。」
エドワードは目を閉じたまま呟いた。
「そうかもしれないね。一度、ウィンリィの所に戻ろうか。」
「…そしたら、母さんの墓参りをして、それから…木の根本を掘ってみよう。」
半分眠った様に小さな声で言った。
「…うん。そうだね。」
「きっと、燃えずに残ってるさ。」
「うん。…兄さんの髪飾りも、ビー玉も、蝉の抜け殻もね。」
「お前…そんなものと一緒に埋めたのか?」
「だって綺麗だったから。」
「そう言う問題か?!…まあ良いけど。」
声は完全に呆れ返っている。

「…かえろうな。アル。」

小さな、小さな声。けれどそれは確かで。
「うん、兄さん。一緒にかえろうね。」
答える声も、また確固としていた。

(250504)


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