「青より赤の方が似合うんじゃないかな。」
アルフォンスがそう言うと、エドワードははっと顔を上げた。
随分長い間ショウウィンドウのそれに見入っていたのだが、本人はまるで自覚がなかったらしい。
「そうかな?」
ばつが悪そうに答えるエドにアルは笑いかけた。
「それもきれいだけどね。」
「うん、色が鮮やかだよな。デザインも派手だけど。」
「動きやすそう…なのかそうでないのか、微妙だよねえ」
なおも硝子の向こうに飾られたドレスから目を離せずにいる兄弟に隣のカフェテラスから声がかかる。
「そりゃ祭の時に踊るための衣装だからな。」
「祭?」
「そう、夏の終わりにな。」
こっちに来な、と手招きされたので二人は素直に従って空いている席に座った。
どうやらそこが街の老人達のたまり場で、楽隠居達が日がな一日新聞を読んだり噂話に花を咲かせたりしているらしい。
どろりと濃い飲み物に口を付けると、最初に声をかけてきた老人が聞いてくる。
「旅行者かい?」
「はい、そうです。」
「そりゃまた、祭の時以外はなーんにもないこんな所によく来たな。」
「次に来る時はちゃんと調べて祭の時に来な、凄いから。」
「そんなに凄いんですか?」
よくぞ聞いてくれた、と言うように老人達の顔が輝く。
この街で生まれ育ちずっと暮らしてきた彼らの最大の自慢であり、誇りなのだろう。
「この街の1年はその祭のためにあると言っても良いね。」
「そうそう、祭が終わった瞬間から来年の祭の準備が始まるしな。」
「町中にランタンを灯して、一晩中飲んで食って歌って踊る。赤ん坊から爺さん婆さんまでみんな総出でな。」
「へえ…楽しそうだな、それ。」
エドワードもつられたように笑った。
「何なら次の祭の時に来れば良いさ。衣装も準備しておいてやるぞ?」
「え?」
ちょっと洒落たベストを着た老人はにやりと笑って、内ポケットから巻き尺を取り出した。
「ああ、こいつは仕立屋なんだよ。」
「息子に店は譲ったがなぁに腕はなまってないさ。」
「暇に任せて凝った衣装作り上げそうだな」
「坊主が派手な服好きなら任せて損はないぞー」
冗談か本気か分からない。
「…いや、衣装は良いよ。今サイズ測って作ってもらっても、祭の時には絶対、背が伸びてるから!」
絶対、の所に強いアクセントを置いて言う。
老人達は陽気に笑ってそれもそうだなと言った。
アルフォンスだけが肩を振るわせて笑いをかみ殺す。
「アル?」
「いや…何でもないよ兄さん。」
「なら何故棒読みなんだ?」
「育ち盛りだもんなあ、坊主。これも食え。旨いぞ」
察したらしい恰幅の良い老人がエドに揚げ菓子を差し出した。笑みが老獪だ。
「そうそう酒屋の次男坊もいきなりグンと伸びたもんな、1日で。」
「あー靴屋の三男とこそこそやってた次の日だったな、ありゃあ」
「坊主、その靴屋はこの通りを行ったところの2つ目の角を3軒目だから迷うなよ!」
「行かねーよ!」
からかわれて吼えるエドに老人達はまたどっと笑う。
「迷うって言えば、祭に来るなら間違って隣町に行かないようにしろよ?」
「え?なんかあるのか?」
「同じ日の昼間にな、隣町でも祭があるんだよ。」
「そうそう。トマト祭な。」
「あれも凄いぞーよく熟れたトマトをぶつけ合ってもう町中トマトまみれ。」
「だから隣町の建物はみんなトマトに染まって赤茶けてんのさ。」
「嘘だぁ。」
「いやいや、これはホントの話。」
そう言えば同じ口癖のおじさんがリゼンブールにもいたなあとアルフォンスは思い出す。
有名なほら吹きおじさんだったが、皆に愛されていた。エドも突拍子のない法螺話を楽しみにしていた。
本来なら、賢者の石とは何の関わりもなさそうな老人達の他愛のない話に付き合っている暇などないのかもしれない。
だがエドワードもアルフォンスも、色々な街の老人達のこうした話を聞くのが好きだった。
初めのうちは「何か賢者の石に関する情報が隠されているかもしれない」と理由付けもしていたが、最近はそうでもない。
焦りがないと言えば嘘になる。だが、関係のない話を聞くのもまた楽しかった。
賢者の石だの錬金術だのと全く関係のない暮らしをしている人々の、何でもない話を聞くのが快かった。
「で、夜になると隣町の若いのがトマトまみれになってやってきてなー」
「去年のほれ、ミリアム嬢ちゃんがドレスにべったり着けられたって言ってそりゃあ見事な踵落としを決めてたな」
「そうそうそう、あの緑色の晴れ着に」
「マーメイド・グリーンよ。」
「何でも一緒じゃろ」
お代わりを持ってきた看板娘がむっつりとした顔で腰に手を当てて立っている。
「しかもあいつは『緑に赤は映えるだろ』とか言ってきたんで私も頭来ちゃったのよ。」
「あ、でもお姉さんは緑似合いそうだね。目の色と一緒で」
子供の素直な感想にミリアム嬢も少し機嫌を直した。若葉の色の目を細めて笑いかける。
「ありがと。坊やが祭に来るなら一緒に踊ってあげるから、トマト祭に寄ってから来たりしないでね」
「うーんでもそのトマト祭も面白そうかなー」
「男の子は好きよね、ああいうの。まったくもう」
男の子じゃないけど好きそうだよなあ、とアルフォンスは心の中でだけ思った。

(070804)
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