ようやくのことでせしめた資料を抱えて、エドワードは足音も荒く石畳の坂道を駆け下りる。
すぐ後ろに着いてくるアルフォンスは、まだあの白い布に未練を残しているらしい。
それが一層エドワードを苛立たせている。
「どうしても着ないの？」
「着ない！似合わん！」
「そんな事ないと思うけどなあ」
「あのなあアル。ああいう女の子っぽくて可愛い服は、それなりに出るとこ出て柔らかそーなんじゃないと似合わないんだ。」
「そうかなあ」
大佐が衝動買いしたというあの白いワンピースは、生地は上等で形はシンプル、すっきりとした上品なものだった。
どうやら兄はメリハリの効いた美人ばかりに縁があるせいか女性らしさと凹凸がイコールになっている節がある。
多分、あの服は豊満な胸の持ち主が着ればかえって下品になるおそれがある。
その辺り流石に大佐は目が良い、とアルフォンスは妙に感心する。
「棒っきれに布引っかけてるみたいなの見て、誰が楽しいかってんだ」
「なにもそこまで」
「…しかも腕と脚が機械鎧じゃ服がかわいそうだろ。」
「…兄さん」
前をずんずんと行くエドワードの表情は、アルフォンスには見えない。
３歩ほど歩いている間おろおろとアルフォンスは戸惑ったが、４歩目でふと思いつく。
そのまま兄に追いついて、かなり早足のエドワードの隣に並ぶ。
「ねえ兄さん。兄さんの身体が元に戻ったら」
「お前の身体が元に戻ったら、何だ？」
すかさずきちんと訂正が入る。
こういう人だ、と改めてアルフォンスの心の内が暖かくなる。
「兄さんとボクの身体が元に戻ったら、女の子の服を着てくれるって約束してくれないかな。」
胡乱気にエドはアルを見上げた。
「…元に、戻ったら？」
「そう、元に戻ったら。」
にっこりと、本当に楽しそうにアルフォンスが笑っているのがエドにはよく分かった。
「どうしても見てみたいんだ。」
「…お前どうしてもオレを笑い者にしたいのか」
「そんな事ないよ。あの踊りの衣装みたいな派手なドレスを着て欲しい訳じゃないし。」
悪くはないと思うけど、と小さく付け足す。
「じゃあどんなの着せたいんだ？」
「うーん、詳しくないからよく分からないけど…フリルがどん、レースがごてごてっ、とかよりシンプルな形の方が似合いそうだよね。」
ごつい鎧の指が「こんな感じ」とすらりと空にラインを描く。
かなり後ろに引きずる形で、どうやら裳裾（トレーン）という奴のようだ。
「銀や白金のティアラよりは、花冠の方が合う気がする。兄さんの髪の色、金色だから」
「…おい。それって」
「ヴェールもね、母さんの時のが残ってれば良かったんだけど、家と一緒に焼いちゃったよね。」
「おい、アル？」
「言うまでもないけど、ドレスの色は白でね。」
そこまで言われればさほど詳しくもないエドにもそれが花嫁衣装だと解った。
途端、頭の天辺まで血が上る。怒りではない。羞恥でだ。
「ああああああのなアル？言ってること解ってるのか？」
「少なくとも今現在の兄さんよりは冷静だと思うけど。」
「それをオレが着る意味分かってるのか？なあ？！」
「多分今現在の兄さんよりは解ってると思うなあ。」
襟元まで真っ赤に染めた顔を手で覆い隠す。
立ち止まってうずくまりたいだろうに、脚をいっそう速める。半ば走っている。単に居たたまれないのかもしれない。
アルフォンスは兄の隣をぴったりと歩く。スキップを踏みそうなのは気のせいだろうか。
ひとしきり口の中で何かを罵倒していたようだが、踏ん切りが着いたのかエドはキッとアルを見上げた。
「よし分かった。着てやろう。」
「本当？！」
「ただし！等価交換だ！」
それはアルにも予測出来ていたことだ。何せ兄の口癖だ。
錬金術師らしくアルフォンスもそれを受け入れる。
「勿論、何を引き換えにしても良いと思ってるよ。」
それはアルの本心だった。
だがどうやらエドには聞こえていなかったようだ。頷き一つ返さずに、言葉を続ける。
「お前も笑われろ。」
「…はい？」
「普段は着ないようなこっ恥ずかしい衣装をお前も着るんだ。」
親の敵でも見るような目で睨み付けられる。
「お笑い芸人か、は…花婿くらいしか着ないような白いタキシードをな！」
まるで捨て科白を叩きつけるようにそこまで言うと、凄い勢いで方向を変えて走っていった。
首筋どころか耳まで赤い。
「…うわ。」
鎧でなければ、アルフォンスものぼせていただろう。
「ええと。そう言うことだよね？」
誰にともなく確認を取る。
「兄さん！約束だよ！」
浮かれた気分で兄を追いかけ追いついて、照れ隠しに蹴飛ばされた。