「あ」

そんな声が聞こえたと思ったら、ごく局地的な雨が降ってきた。しかもきっかりバケツに1杯分。
「大丈夫か?!」
場所は東方司令部。階段踊り場。
「猫のケンカじゃねえんだぞおい。」
甚だご機嫌麗しくない声で、鋼の錬金術師は頭上の犯人を睨み付けた。

「うわー災難だったな、大将。」
言葉は労ってるが顔は笑っているハボックに食ってかかろうとしたらタオルを手渡された。
「ほら、早く拭かないと風邪を引くぞ。」
「見事に直撃だったんだなー」
「なあ、服も脱いで乾かした方が良いんじゃないか?」
「ああそうだな」
確かに、頭から被ってしまった為に髪や上着はもとより襟口から中まで染み込んでしまっている。
濡れた布が肌に張り付く感触が気持ち悪い。
言われるがままに上着を脱ぎ下に着ていたタンクトップの裾に手を掛けた。
「あ」
視界の隅で弟と大佐の動きが止まった様な気がした。…が、深く気にも留めずそのまま勢いよく脱いだ。
「ああーっ」
「何だよアル大きな声出して。」
「って兄さん何脱いでるの!」
「何って濡れたしそのままだと気持ち悪いし」
「そうじゃないでしょ兄さん」
「そうじゃないだろう、鋼の」
珍しいくらいに慌てたアルフォンスとがっくりと脱力しているロイとをエドワードはきょとんとした顔で見た。
「何がだ?」
軽く首を傾げると髪から滴がこぼれ落ちた。
子供の身体ってこんなんだったかな、とハボックは滴をぼんやりと目で追った。
綺麗に柔らかそうな筋肉がついていてすっきりと鎖骨が浮いていて、でも腰は細いしあばらも数えられそうだ。
全体的に華奢なんだがまろやかな曲線で出来ていて。それは確かに子供の丸みを残してはいたが。
「一応は女性なのだから胸くらい隠しなさい。」
何処か疲れた上官の声を聞いて、腑に落ちる。
「…って、え?」
腑に落ちると同時に衝撃も喰らう。
「ええ?」
「ええっと…?」
衝撃の震源地は頓着する様子もなく胸を張る。
「良いじゃんか別にこんな真っ平らな胸。男とそう変わんないし。」
「そう言う問題じゃないでしょ?!」
「確かに同年代に比べれば未発達かもしれんが、周りの大きなお兄さん達が困っている。」
大佐に言われて司令部の大きなお兄さん達は慌てて目を逸らした。
「誰が一向に成長しない未発達な幼児体型のガキだ!」
「誰もそこまで言ってないって言うかそんな自分で言わなくても。」
兄弟はいつもの掛け合いになってしまっているが周りはそれどころではない。
正直に言えば、それまで目が離せないでいたのだ。
本人曰くの真っ平らな胸はそれでもあえかなふくらみを見せていて、淡く色付く乳首が白い肌に鮮やかに映える。
紛れもなくこれから成長しようとする少女の身体だった。
「…それよりそのままだと風邪をひくわ。服を乾かす間の着替えを貸すからいらっしゃい。」
ごく自然にホークアイ中尉がエドワードの方に自分の上着を掛けて軽く前を合わせた。
それですっかりと肌は見えなくなったので、誰ともなくほっと息を吐いた。
促されてエドワードも素直について行く。ぱたりと扉が閉じるまで、誰も何も言えなかった。

「すみません、あそこまで自覚がないとは思ってなくって。」
大きな鎧の弟が恐縮して言った。
それでもなお硬直の解けない周囲に首を傾げる。
「あれ?」
「いやそれにもまあ驚いたんだけどな…」
やっとの事で少尉が言うと、そこかしこで頷いて同意する。
「もしかして皆さん兄さんが女の子だって事、ご存じじゃなかったんですか?」
「知らなかったよ全然…」
「気が付きもしませんでした」
アルフォンスから軽い困惑が伝わってきた。
「てっきり知ってるものだと思っていました。兄さん、書類はちゃんと性別・女性で提出してるって言ってましたから。」
「まあ書類上も生物学的にも鋼のは女性だが、それをわざわざ宣伝する必要もないだろう」
上司はしれっと言ってのけた。
「旅をするには、男性であると思わせた方が危険も少なくなるだろうしな。」
「あー…それで男名であの恰好って訳ですか。」
「…と言う訳でもないんですけど。」
納得しかけた所に、小さく呟かれる。
「理由は他にあるのか?」
「ええ、…この際、お話ししておいた方が良いんでしょうね。兄さんの出生に関した事なんです。」
そこで言葉を切ると、ちらりと大佐の方を見る。大佐が頷くのを確認すると言葉を継いだ。
「兄さんは、本当はボクの兄ではないんです。あ、姉だという意味ではなくてです。」
出だしからあっさりと問題発言が飛び出す。
「兄さんの本当のお母さんは、父さんの妹に当たる人で、身体が丈夫ではない人だったんだそうです。
その上旦那さんが酷く暴力を振るう人で、その所為か兄さんを産んですぐに亡くなってしまったんです。
父さんは生まれたばかりの兄さんを旦那さんの所においておくのは危ないと考えてリゼンブールに連れて帰りました。
そうして旦那さんが連れ戻しに来ても分からないように、兄さんに男名を付けて自分の子供として育てたんだそうです。」
淡々と話す幼い声に悲愴感はない。恐らく他人事のようにしか感じていないのだろう。
「…と言う事を、ボクらは旅に出る直前になって初めてばっちゃんから聞かされたんですけどね。」
「それまでは知らなかったのか?」
「兄さんが女の子だって事は知ってましたし、何か理由があって隠しているんだって事は解ってました。
でも、その理由までは聞いた事はありませんでしたし、両親が違うなんて事は全く知りませんでした。」
父は兎も角、母は分け隔てなく慈しんで育ててくれた。その愛情が本当だったからこそ、自分たちは禁忌を犯した。
疑う余地など、何処にもなかったのだ。
「教えてくれたのは、旅先で万が一本当のお父さんに遭ってしまった時の為だと言ってました。
心の準備が必要だろうからって。」
まあ生きてるのか死んでいるのかも分からないんですけどね、と付け加える。
「…かなり驚いただろう」
「兄さんは何か気付いていたらしくって、そんなに動揺してませんでした。」
可愛らしく首を傾げるが、鎧の表情は読めない。
「ボクも、正直あまり吃驚はしませんでしたね。あ、そしたらボクは兄さんをお嫁さんに出来るんだってぼんやり思ったくらいで」
本日幾つ目かの衝撃の告白がまた一つ落とされる。
「思うのはそこなのか?!」
「え、だって兄さんは兄さんですから。事実はどうであれ、今までずっと過ごしてきた時間までは覆りませんし。」
屈託なくアルフォンスは続ける。
「それこそ会った事もない父親なんかに兄さんを渡す気はありません。」
「…だから問題はそこじゃない気がするんだが…」
「本人が良いのなら、それで良いのかもしれませんよ。」
「まあ、蟠りがあるよりはない方が良いだろうしな。」
「そうですよ、ねえ、大佐?」
不意に話を振られた大佐は反応がやや遅れた。
「あ…ああ、そうだな。性別が何であろうが誰と血縁関係があろうがなかろうが、今の所何ら問題はない訳だ」

「何も問題はない」
暗示の様に小さく呟かれた声には、誰も気付かなかった。

(190604)
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