「そこにいるのは、鋼の錬金術師の弟君ではなかったかな?」
中庭でぼんやりと空を見上げていたアルフォンスに、突如声が掛けられた。
慌てて声の方向を見れば、国家最高権力者がいつの間にやら傍まで来ていた。
「あ…あの、兄を待ってました」
「ふむ、そう言えば査定だと聞いていたが…」
ここまで全く気配を感じていなかったアルは内心周章狼狽していたが、大総統の方はいつも通りに飄々としていてつかめない。
空は抜けるように青く高く、吹く風は柔らかく心地良い。
木漏れ日の下、小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる。
そんなのどかな午後の筈なのに、隣にいる人は緊張感の欠片も感じさせないのに、なのにどうしてかアルは酷く緊張していた。
それは相手の社会的立場から来るものではない、とどこかで冷静な部分が判断を下している。
「そう言えば、今君は『兄』と言ったね?『姉』ではなく」
そう疑問を口にした、その口調も詰問調ではなく、ただ純粋に疑問に思ったことを言ってみただけだということは伝わってきている。
それなのにアルフォンスは戦いの最中にいる時のように、全神経を張り巡らせる。
「それは…生まれた時からずっと、そう呼んでいたのでもう癖になってしまっているんです。」
けれどもあくまで自然体を装う。それが最善の策だった。
「ほう。」
「今更『姉さん』とか呼ぶのは、何だか気恥ずかしくて。」
「では彼女は、男名だけではなく実際にも男として育てられていたのだね?」
「はい。」
ブラッドレイがエドワードの性別を知っているのは何の不思議もない。
彼女ははっきりと書類に偽ることなく『女性』と記入している。
寧ろその男名と男装の方が疑問となるべき事だろう。
だが今まで一度も軍の上層部から指摘されたということを聞かない。よく考えてみれば不自然だ。
「兄の、実の父から身を隠すためだと聞いています。」
「ふむ…何かの事情があるとは思っていたが。」
表面上はどこまでも穏やかな空気で満ちている。
生身だったら、きっとアルの背筋は冷や汗でびっしょりと濡れていただろう。
「だがそれならば、明らかにするのは拙いのではないかな?」
「え?」
「君のお兄さん…いやお姉さんかな、エドワード君は最年少で国家試験に合格した国家錬金術師だ。
その名は知れ渡ってしまっているだろう。そして、少なくとも書類上ではその性別を隠していない。」
「でも、書類に嘘書いちゃいけないんじゃないですか?」
アルは小首を傾げた。
「何、嘘も方便だよ。」
しれっとブラッドレイは答える。
国家最高権力者のお墨付きなら良いのかな、と一瞬考える程度には、アルフォンスの肝は太かった。
確かに、彼の言うとおりに性別を隠し通せば、これから先に起こるかもしれないやっかいごとを一つ減らせるかもしれない。
隠すことで生じ得るリスクと併せて考えればそれは一考に値した。
「…でも、いつまでも逃げていられる事じゃありませんから。」
自分たちはもう選択し、決めていた。
「立ち向かうか?」
静かな厳しい声だ。しかし恐怖は感じない。
「はい。」
これは恐ろしくはないものだ。
いつか必ず対峙しなければならないもの。
決して逃れ得ぬもの。
だからこそ、アルフォンスは怖くはなかった。
静かに頭を上げて、真っ直ぐに見据える。
「…悪くは、ないな。逃げ切れるものでなければ立ち向かう、か。」
「あんまり向かい合いたくもないんですけどね。」
ほんの僅かだが、空気がゆるんだようにアルフォンスは感じた。
内心ほっと息を吐く。
「そうだな。なるべくなら逃げ続けたいものだ。」
大総統が何を指してそう言ったのかは分からない。だが、遠くを見遣る視線にはひどく共感を覚えた。
「まったくです。」
だから、素直に頷く。
「は、いかん。」
「はい?」
「色々と立ち向かわねばならん所から逃げてきたのだよ、実は。」
「はあ。」
「だから、私の行方を聞かれても適当に誤魔化して欲しい、頼む」
「はあ…。」
じゃ!と言って現れた時と同じくらい唐突に、大総統閣下は植え込みの中へと消えていった。
遠くで大総統を呼ぶ声が聞こえる。
中庭でひとり、アルフォンスは呆然としていた。

(111004)
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