話の前後は、曖昧だ。
誰かが無謀にして勇猛果敢にも、かの鋼の錬金術師殿に対して「もう少し女性らしくしてはどうか」と言ったのが発端だったと思われる。
当然の如く、彼女ははじけ豆の如く激昂した。
「余計なお世話だ！」
暴れ出すのを弟が懸命に取り押さえる。
「兄さん落ち着いて。」
「大体オレがどんな格好しようがオレの勝手だろ？！」
「まあそれはそうなんだけどね。」
「想像してみろ、オレが可愛い服着てしゃなしゃなしたところを！」
そう言われて、一同各々勝手に想像してみた。
「…あー…女装？」
「悪いもん食ったみたいだな。」
「無理はしない方が…」
「怖いもの見たさってありますよね」
「分かっちゃいたけど、他人に言われるとやっぱむかつく。」
正直すぎる感想を述べた軍人たちを、エドはじろりと睨め付けた。
「そうか？鋼のはかなりの美少女だと思うが？」
「は？」
「中身や言動がこうだから判り辛いかもしれんが、黙って立っていれば高水準の美少女だぞ」
「あんたが言うと胡散臭いなー…」
「失敬な。」
大佐は軽く眉を顰めた。
「私の目は確かだぞ？」
「自慢になるのか、それ」
「自慢っつーより既に特技のような気もしますけどね」
「特技なら自慢になりますね」
いや、ならないだろう。
「口を開けば生意気でどこかに行っては騒動を起こす、いちいち言動が派手な君でも見た目は私が太鼓判を押すと言ってるんだ。
素直に喜びたまえ。」
「喜べるかよそれで！」
ああまた始まった。彼の部下たちはそう思った。
彼らの上司は鋼の錬金術師をからかうのが楽しいらしい。
だから多分、彼の『美少女認定』もその一環なのだろう。
眦をきりきりとつり上げて怒鳴るエドワードは、どう頑張ってもマスタングの言うような際立った美少女には見えない。
「そもそも！大佐の言う美人のボーダーラインはどこだよ！」
エドワードが含まれるならそれはかなり範囲が広い。
しれっとした顔で大佐は答える。
「５割と言うところかな」
「…広いのか狭いのか微妙なところっすね」
「いや美人かそうでないか二分の一だったら厳しい方じゃないか？」
「甘いな、ハボック少尉、ブレダ少尉。全人類の二分の一は女性だ。」
エドワードの冷静な指摘が入る。
「全方位対応かよ！」
見上げた女ったらしかもしれない。エドは全く心動かされなかったが。
ふと疑問に思ったらしいフュリーが口を開く。
「でもエドワード君、褒められたら少しは嬉しかったりはしない？」
「えー何言ってんの曹長。」
「かっこいい男の人に可愛いとか言われたら女の子は嬉しいもんじゃないのかな」
「相手にもよるだろ、言ってんのは大佐だし」
からかってるのが丸わかりの相手に言われていちいち舞い上がったりはしない。
それじゃあただのバカじゃないか。
そうとしか考えないエドワードは、筋金入りの科学者だった。
論理的に一つ一つの事実を積み上げ結論に到るその思考回路に乙女のときめきの入る隙はない。
「ご要望とあれば全力を傾けて褒めちぎってみるが。」
「いらん。中尉が留守だと歯止めがないなあんたは。」
いつの間にか距離を詰めご丁寧に声のトーンも低く落とした大佐にエドは動じることもなく断りを入れる。
「場合に拠っちゃセクハラだろ、これ」
「あーそうかもなー後で中尉に言っとくわ。」
「ハボック！」
「うん、頼む。」
がっくりと肩を落とす。自業自得を絵に描いたようだった。
「ボクも兄さんはきれいだと思うなあ」
まるで場違いなまでにのんびりとした調子でアルフォンスが言った。
「身内のひいき目を差し引いても、肌はすべすべで白いし、目鼻のバランスも良いし、歯並びはきれいだし。」
つらつらと数え上げていくそれは確かにいちいちもっともだった。
エドワードの場合、それが一つ一つ指摘されなければ気付かれない辺りに問題があるのかもしれない。
そのくらい、外見以上にその中身のインパクトが強い。
「髪の毛も目の色も蜂蜜みたいな金色で滅多に見ないですし。
お日様にあたると、本当にきらきら光ってきれいなんです。」
幸福そうにアルフォンスは言う。聞いている方も心がやんわり温まるような気がした。
「お前本当にエドのことが好きなんだなあ」
「はい、勿論」
「良かったな、大将……って、大将？」
ハボックが視線を向けると、そこには耳まで真っ赤に染め上げたエドワードがいた。
まったくもってらしくなく、あたふたと動揺している。
「ななな何？何だ？」
普段のふてぶてしさはどこに置いてきたのか。
つい、しみじみとした気分になる。
「…エド、お前。」
「実は物凄くかわいかったんだな」

何を今更。と誰かが言ったとか言わなかったとか。