「そうだ、鋼の。恋をしたまえ」
「はぁ?」
執務室から出てきながらの会話がそれだった国家錬金術師を、東方司令部の面々は思わず注視した。
鳩が豆鉄砲を食らったような表情から察するに、少なくともエドワードがすんなりと納得するような話の流れではなかったらしい。
内容はもちろん、首肯できるようなものではないと言うことはいうまでもない。
「…何だと思う?」
「手こずっていた某令嬢をとうとう落とせたので頭が春満開に1000センズ」
「じゃあ俺は逆に張っとくか、振られたのでなりふり構ってないに1000センズ」
少尉二人がこそこそとやりとりする後ろに、怜悧な気配が迫る。
やばい、叱られる!と同時に思って顔色を変えたブレダとハボックに、ホークアイが静かに紙幣を差し出した。
「実は金髪フェチに2000センズ」
「は?!」
「あれ口説いてるんすか?!あんなんで!あんなんを!」
「いや、問題はそこじゃないだろう。かーなーり捨て身な冗談だと思われますが、マァム」
驚愕の淵にたたき落とされて問題のありかを完全に見失っている同僚に一応のつっこみを入れ、それでも動揺の隠せないままブレダが問う。
中尉は、にっこりと天使のように笑って答えた。
「あら、金髪コレクションの中にはあなた達も入っているのよ」
笑えない。
ハボックはがっと頭に手を当てて髪をかきむしり、ブレダは何故かうろたえたように首を振るフュリーを見やった。
一人冷静に見えるファルマンも、手にした資料がはたはたと風に遊ばれるがままになっている。
しかし、最も深刻なダメージを受けたのは上司だったらしい。
「お前たちは…一体人をなんだと思って…」
「…聞きたいか?今この状況で?」
珍しくエドワードの声に憐れみが滲んでいた。
自分がマスタングであったならば絶対に知りたくないと表明している。分かるだけにますます大佐は落ち込んだ。
「と言うか中尉は大佐が愉快でない冗談をほざいたから、冗談で返しただけだろ」
「そんなところね。一体どんな話からあんなふざけたことをおっしゃったのかは気になるところですが」
少女には柔らかく答えを返し、後半の上司に対する疑問は温度を下げるという器用なことをやってのける。
「冗談で言ったつもりはなかったんだが…」
「んじゃ一体何なんだ?」
「兄弟愛で視野狭窄気味だから、他のものにも目を向けてみたらどうだと言いたかったんだ」
「余計なお世話。興味ねえ。」
ふいっとそっぽを向かれる。
「確かに大きなお世話じゃないすか?」
ハボックが追い打ちをかける。
「人の恋愛に口出しするほど野暮なことはないな」
「それにこの兄弟わざわざ言うまでもなく熱烈恋愛中っしょどう見ても」
「どう見て言ってるんだ?ハボック」
じろりと睨まれた。エドワードは想定外だったのかきょとんとしている。
「オレも知りたいな。どこがそう見える?」
そういわれて頭の天辺から爪先までくまなく見る。すると何かを察知したらしいエドワードに思い切りどつかれた。
「っ痛ぇーっ!」
「今人のこと見て『改めてみるとちっちぇーな』とか思っただろ!」
「何で分か…いやその、そうじゃなく!」
「恋愛体質とはかけ離れているなとは思ったが」
少尉の胸倉掴んだまま、ぎろりと大佐を睨んだ。
「弟に対する感情も恋愛と言うよりは強い家族愛か、その延長のようにしか見えん。ひょっとすると、初恋もまだなんではないか?」
「初恋?」
「…大将、まずその手を離してもらえますかね。」
「あ、ああ。」
解放されてハボックは屈んでいた腰を伸ばした。エドワードは軽く意表をつかれたらしく目を瞬かせている。
ようやくイニシアチブを取れたというように、マスタングは得意げに胸をそらす。
「一目見ただけで胸が高鳴るとか、相手のことを考えると眠れなくなるとか、そういうことはまだ経験がないだろう、違うか?」
言われたエドワードは、しばし考え込むように顎に手を当てた。
「…そう言うのは、確かにないけど」
「だろう!」
だから恋をしなさいと言ったのだ、と胸を張る上司は、とても人生の先輩のようには見えなかったが、部下たちは我が身のために黙っていた。
「恋は良いぞ。何と言っても、世界ががらりと変わる。」
何だか怪しげなインチキ商法か新興宗教の勧誘のようだ。
言ってる本人は当然それを極上のものであると確信しているように見せているが、本心はどうだか分かったものではない。
言われたエドワードは、軽く首を傾げた。
「世界が変わる?」
「そうとも。途端に世界はバラ色だ」
よく歯が浮かないなとか言っててかゆくなってこないのかなとか思っているうちは、某少尉の女運は上昇しないのかもしれない。
「…それまでぬるま湯に浸かっているみたいな、何もかもぼんやりとしていた世界が、急に鮮やかな色彩を帯びて輪郭が明確になったことならある。」
記憶を掘り起こしながら、エドワードはぽつりと呟いた。
「漠然と散らばっていたものが一気にその関係性がはっきりと見えて、全てがつながったみたいな感じ。それって、どう思う?」
「どうって…誰かを一目見た時に、とかなら恋かもしれないな」
大佐はどこか曖昧に答えるが、エドワードの目を見ればはっきりと分かる。
明晰でどこまでも澄明で迷いがないが、それでもそれは真っ直ぐに心を向けているという点である種の恋情だった。
「聞くまでもないような気もするが一応聞こう。相手は誰だ?」
「アル。」
あっさりと予想通りの答えが返った。
分かってはいたが、やりきれない。マスタングは深々と溜息を吐いた。
「お前らが初めて会ったのっていくつの時なんだ?」
「え?アルが生まれた時だからオレが1歳の時だけど」
「…お前自身も赤ん坊じゃねえか。」
「それでもさ、印象の強かった記憶とかは覚えているもんじゃないか?」
「いやいやいやそこまで古い過去まではさかのぼれないぞ普通」
「えーたまにいないか?母さんの腹ん中にいた時を覚えてる奴って」
「少なくとも俺は会ったことがないぞ」
「准尉とか覚えてそうだけど」
「無理です、…最初の記憶は3歳頃からです」
「それでも充分凄いと思いますよ…」

こうしてマスタングの「恋で鋼のを扱いやすく改造してみよう」計画はあっけなく頓挫した。
初めからどだい無理な話でした、とは副官談。

(020705)
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