ハボックは無我夢中で走った。
後先考えずに小さな身体を腕に巻き込むと、手近な積石の向こうに飛び込んだ。
まずは飛び交う銃弾から身を隠すこと。それしか考えていなかった。
…つまり、こういう結果は考えていなかった。
積石は、古井戸の名残で、鋼の錬金術師もろともその底に落下する、等という事態は。

「…ったー…」
「怪我ぁないかー…?」
「んー…って少尉こそ大丈夫か?」
「あー平気平気。いやそれより降りて。」
「あ、ごめん!」
慌ててエドワードはハボックの上から退いた。
「ごめん、クッションにしちまった。ちゃんと受け身取れたか?」
心配そうに確かめるエドにハボックは笑って答えた。
「大丈夫大丈夫。お前さんが思ったより軽かったんで衝撃も少なかったし。」
「…言外に小さいって言ってるのか?そうなのか?」
「いや助かったって言ってる。」
むくれたエドの髪をくしゃくしゃと撫でてやると、諦めたようにふう、と一つ溜息を吐く。
「あーそれよりさ、これ上から撃たれたら逃げるとこも隠れるとこもねえなあ」
常より身長の3倍分くらい遠くなった空を見上げる。
壁はいっそ恨めしいほどに真っ直ぐに空へと伸びている。登ろうにも取っ掛かりは少なく、それも脆そうだ。
「それは大丈夫だと思う。あいつらの足止めはしておいたから、比喩表現じゃなく。」
つまり実際に物理的足止めを錬成してくれたと言うことらしい。
「あの調子で撃って多分今は弾切れ起こしててー増援待ちかな。」
「あちらさんの増援よりこちらの増援の方が早そうだな…希望的観測抜きにしても。」
「うん。大佐達は別の方角からだけど近付いてるのが見えたから。」
「そっか。じゃ、後はここから脱出しておけばいい訳だ。」
改めて井戸の壁を見る。そして見上げる。
「…錬金術で何とかならないか?」
情けない顔で、傍らの小さな子供に助けを乞うた。
エドワードは、じっと目を凝らして壁を見詰め、ぺたぺたと触って何かを確かめ、更に目を閉じて耳を澄ます。
眉間に皺を寄せて今度はしゃがみ込み、地面の土を一掬い取って見ている。表情が険しい。
「どうした?」
「…駄目みたいだ。すぐ近くに水脈がある。下手に錬成すれば、そこにぶち当たって水浸しだ。」
「涸れ井戸じゃなかったのか」
「…ああ」
そのままぺたりと座り込んで、壁に寄りかかる。
「意図的に埋められたものみたいだ。多分、水に毒が投げ込まれたか何かしたんだと思う。」
「あちゃ…」
それでこの周辺の荒廃振りも理解出来た。
そう言うことがあったのはかなり前のことなのだろうが、それでも良い気分はしない。
「んじゃー救援待ちかー」
ハボックは上司の盛大な嫌みを想像して溜息を吐いた。
でもまあこの国家錬金術師を保護したんだからそれでいくらかは差し引かれるかな、とも打算する。
或いは嫌みの殆どを引き受けてもらえるかもしれないと期待してみる。
しかしすぐにこんな小さい子供に押し付ける気かと良心が叱咤する。
どう転んでも駄目か、とますます落ち込んだ。
「大佐よりアルの方が早いよ、きっと。」
「位置的にか。」
「それもあるけど、アルは必ず来るから。」
軽く断言する。揺るぎない目でそう言ってエドワードは笑った。
「それより、あれ何?オレはたまたま通りかかっただけだったんだけど。」
「あー…軍事独裁政権に不満を持つ皆さん。」
網張っておこうとしたところに出くわしてそのまま銃撃戦になってしまいました。連れは連絡に走らせたので孤軍奮闘してました。
お互い何も準備していなかったので物凄く無様です。
そんな説明をする前に大体の所は理解してくれたらしい相手に少尉さんは非常に感謝した。
「オレは邪魔したのか?」
「いや結果オーライ。助かった。」
「そっか。」
はにかんだように笑う。そうやってると、年相応に幼い表情になる。
「んで、そうするとあいつらはーここらで今元気なのは東部解放同盟かテオフィロスか自由の翼かーって所か。」
つらつらと団体名を上げる顔はもう年相応ではなくなっている。
「…シグニチャーは確かめなかったけど…こないだの摘発からしてテオフィロス?」
「…詳しいなお前さん」
「そりゃあね、これでも国家錬金術師なんだよ、オレ。」
エドワードは嫌そうな顔で言う。
「研究一辺倒な国家錬金術師ならともかく、何故かオレは即戦力扱いらしいし。
そうなってくると、色々知っておかなきゃ難しいんだよ。」
最近中央で査定を受けたばかりだったと聞いたのをハボックは思い出した。
「未成年で後見人に大佐がいるから無茶言う奴は今んところいないけど、オレはアル以外のために命投げ出す気はないしさ。」
「それ、大佐には言ったのか?」
「言ってないけど知ってるだろ。なるべく連絡は最低限にしろって言うくらいだから。」
「あー…それで。」
一度この最年少国家錬金術師の実力を見たいとか何とかでどっかのお偉いさんがやんわりと出動要請をしてきたのを、大佐は「なかなか連絡が付きませんで」と交わしたのを見ていた。
面倒ごとが嫌だからかと思っていたが違ったらしい。それを子供の方が却って敏感に察していた。
「大佐のことは信用してるよ。」
「へえ」
「あれだけ偉い人達に嫌われてるんだから、信頼しても良いんじゃないかって気がする。」
「信頼の理由はそこか!能力とか人柄じゃなくて!」
「少尉は信頼出来るのか?大佐の能力とか人柄とか。」
「してますよ、勿論」
「オレは『出来るか』って訊いたんだけど」
「『出来る』もんじゃなくて『する』もんなんだよこういうのは。」
お互いにやにやと表面上シニカルに笑う。
「でないと自分が救われない。」
「うわーご愁傷様。」
「お互い様だろ、大将。」
井戸の底の狭い世界で笑い合う。
現在の状況も考えずに、悪くはないもんだとハボックは思った。

「にーさぁーん、大丈夫ー?」
唐突に頭上から声が降ってきた。
「アル!」
途端に光が弾けるような笑顔でエドは空を見上げた。
一瞬、ハボックは別世界を見たような気がして呆然とした。

(230804)
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