振り返った花嫁は破顔一笑、駆け出した。
引きずるドレスの裾を蹴散らして、白いヴェールを翻し、伸ばされた手を取って参列者の間を抜けていく。
捕まえろ、と新郎側の席から怒号が聞こえたがものともせずに、二人は式場を後にした。

式場を出て角を曲がった所に止めてあった車に、二人は転がり込むように飛び乗った。
待っていたかのようにすぐに車は動き出す。
しばらくは二人とも肩で息をしていたが、やがてこらえきれなくなったのか花嫁は声を上げて笑い出した。
「あーっはっはっはーっ結婚式台無しー」
「逃げた張本人の台詞じゃないっすよ、それ」
花嫁らしからぬ大笑振りに運転手が苦笑する。それでもハンドルさばきは鮮やかで、追ってくるものの影すらない。
「あ、花婿と花婿の父の間抜け面拝み損なった。後で大佐に教えてもらおうっと」
「…やっぱり兄さん、初めっから逃げ出すつもりでいたんだね?ボクが来ようと来るまいと」
花嫁誘拐犯はきっと花嫁を睨んだ。頬が上気しているのは走ったせいばかりではない。
花嫁の名をエドワード・エルリックと言い、国家錬金術師・鋼の錬金術師としても知られている。
花嫁誘拐犯はアルフォンス・エルリックと言い、公式には彼女の実弟であった。
ずっと昔からそう呼んできたように「兄さん」とアルフォンスは花嫁を呼んだが、運転手の目からすればそれは大いに違和感のある呼び名となってしまった。
姉弟そろって生身を取り戻し、すっきりと手足も伸びてそれまで止められていた成長が一気に進んだかのように女性らしい体型になったエドワードは「兄」には見えなかった。
エドワードはヴェールの下でにやりと笑った。
「判ったか」
「そりゃあね、そんな走ること前提の靴はいてれば」
「ああ、これ隠すためにこーんな裾の長いドレスになったんだよなー」
純白のドレスの裾を遠慮無くたくし上げれば、ごつい履きこなされた革のブーツが現れる。
何だかロマンがぶちこわされた気分になる。
「でもってこのスカートの下半分が簡単に外せるデザインだったんだけど、いざとなると咄嗟にそこまで手が回らないもんなんだよな」
ごそごそとスカートの中を探って紐を引っ張ると本人の言ったとおりにスカートはあっさりと外れて動きやすそうな丈になる。
露わになるレースのペチコートから目を逸らしてアルフォンスは頭を抱えた。
「…一体いつどの時点から計画されてたの?この茶番は」
「んー…ほぼ初めから。」
「つまりこの政略結婚は花嫁が逃亡することを前提に進められていたの?」
「うん、まあ、そうだな」
「ボクはずっと蚊帳の外で?」
「…あー…うん、だってお前、こういうの嫌がると思ったから」
外したスカートを膝の上に載せてエドワードはうなだれる。
「嫌がると思ったら初めから受けないで」
無理を承知で敢えて言った。
「お願いだから」
「…うん。2度目はない。」
「本当だね?」
「………多分」
はあ、と大仰に溜息を吐いてアルフォンスはエドワードに向き直る。
「だったら次の時にはちゃんと相談してよ。ずっと悩んで悩んで胃に穴開くところだったんだから」
悩んでどつぼにはまり込んだところを蹴飛ばし引っ張り上げたのはハボックだった。
「お前さん、このままで良いのか?」と言われ考え直し、考えるのをやめて行動に出た。
そして本日の運転手も買って出て、今はにやにやとミラー越しに笑っている。
となると、ハボックも初めから彼らに荷担していたと言うことだろう、とアルフォンスが怒りの矛先を向けようとしたその時に、エドワードが不機嫌な声で言った。
「でもアルを連れてくるなんて聞いてないぞ、少尉」
「ま、俺もどういうわけだかアルフォンスと一緒に蚊帳の外だったんすからこのくらいのことはする権利、あるでしょ?」
「そうなんですか?」
「あー主に大佐の個人プレイ。それに大将が乗っかった、と言うか乗っけられた。だろ?」
ハボックの確認めいた問いに首を振る。
「大総統の密命を受けた大佐の指示だよ」
「何それ」
「あの将軍とそのバカ息子が裏でやってることの証拠探しで潜入捜査。なーんかオレだか大総統だかの弱み握ったと思って浮かれてオレ様嫁に差し出せコルァとか調子に乗ったこと言ったから、んじゃあ差し出しますよ、って形で」
「…弱み?あるの?」
「さあ?奴らが勝手にそう思いこんだだけじゃないの?実際オレが見つけたのは奴らの弱みばっかだったし。」
ちなみに証拠は昨夜既に報告済み。
ふわりとしたヴェールを外して唖然とする弟の頭に載せた。
「…じゃあボクが乗り込む必要なんて無かったんじゃ」
「そんなことねえよ」
ぽんぽん、と頭を撫でる。優しく笑う目元が、わずかに照れを含んでいることにアルフォンスだけが気付いた。
「式の最中にやってられるかとでも言って逃げたまえ、とは言われてたもののタイミングがつかめなかったからさ。お前が来てくれて助かった。」
「…兄さん」
「………それに、嬉しかった。」
ハボックが安全運転安全運転、と唱えながらミラーから視線を外す。
「んで?これからどうするんすか?」
エドワードとは違いアルフォンスは計画性の欠片もなく花嫁を強奪してきたのでとにかく逃げろ、としか考えていなかった。
「それなんだけど」
がさがさとかさばるスカートの縫い目を器用にほどいて中から何かを引っ張り出す。
「…なにそれ」
「…大総統の命令書、だ」
「なんでそんなところに」
「新郎側の追っ手を撒いたら開けろ、って言われて」
「なんて書いてある?」
「えーと…肩のところのリボンをほどくと、中にダイヤが3つ」
「は?!」
紙と照らし合わせながらエドワードはドレスを少しずつ解体していった。
「…それから、ペチコートの下にサシェが3つ、下がっているがその中身は砂金。胸に詰めてるパッドの中には金貨。ってこんな所にまで仕込んでやがったのか!」
「やけに装飾過多で一体誰の趣味かと思っていたら、そう言うことだったんすか…」
「で、真珠のネックレスもガーターベルトのサファイアもみんなまとめて売り払って旅費の足しにしろ、…て」
「うわー何だかおじいちゃんの心づくしっすねー」
もはやハボックの声は平坦だった。何だか違う、とアルフォンスは首を振る。
「そして、周辺諸国の視察に行くように、ってさ」
エドワードも事前には聞かされていなかったらしい。虚をつかれた表情で顔を上げる。
「期限は好きなだけ。帰りたくなったら帰ってくるように、って」
それは追放でも厄介払いでもなく、送り出す言葉だった。

「アルフォンス・エルリックと一緒に」

ひゅう、と運転手が口笛を吹いた。
アルフォンスは、会心の笑みを見せた。

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