(本編Gemmaの後の話です。)
「あなた、エドに何を言ったんですか?」
トリシャが穏やかにホーエンハイムに尋ねた。
エプロンの端を持って袋状にしていた中に入れていたリンゴを取り出してはテーブルの上のかごに盛る。
「特に変わったことは聞いていない。」
「そうですか?」
最後にポケットからきれいなレモンを取り出して、白いボウルとペティナイフと揃えておくと、椅子に座った。
真っ赤なつやつやとしたリンゴを一つ手に取ると、トリシャはへたとその対角とに指を当てて軽々とまっぷたつに割った。素手で。
「………」
「あら、あなたも食べますか?」
ついまじまじと見詰めていたホーエンハイムににっこりと笑って半分差し出した。
呆然としたままそれを受け取り、自らの手でその感触を確かめる。
よく熟れているが身の締まった堅いリンゴだった。
真っ直ぐな断面を矯めつ眇めつ観察し、恐る恐る歯を当ててみる。
さくっと気持ちのいい音がした。ごく普通のやや堅めのリンゴだった。
「エドが熱を出してしまったんです。」
「エドワードは、身体が弱いのか?」
「そうではないんです。」
わずかに眉根を寄せた夫に、トリシャは苦笑して見せた。
「滅多に帰ってこない人が帰ってきたから、緊張して知恵熱を出してしまったんだと思います。昨日までは元気でしたもの。」
「…。」
「あの子に元気になって欲しいんでしたら、もう少し頻繁に帰ってきて下さいね。」
アルの方なんか、あなたの顔も忘れかけてますよ、と言って笑う。
確かに帰ってきての第一声が「お客さま?いらっしゃい」だった。
それを聞いてエドは父の顔を見てちょっとイヤな顔をして弟をたしなめていた。
「アル、知らない人を家に上げちゃ駄目だろう」…あれはちゃんと父親の顔を覚えていて敢えてそう言ったのだろう。
客にはもう少し愛想が良いらしいと昔馴染みの友人に聞いている。
トリシャは残り半分のリンゴを持った手をボウルの上にかざすと、軽く気合いを入れて握りつぶした。
砕けたリンゴが果汁と共にぼろぼろとボウルの中に落ちた。
「ト…トリシャ?!一体何を?!」
「え?リンゴですけど?」
少女のように小首を傾げた。
「いやリンゴは分かっているが今リンゴをどうしたんだ?!」
「エドに食べさせようと思って。熱を出した子にはこうやってレモンとはちみつを混ぜて食べさせてあげるのが良いんですよ」
レモンを切ってその果汁を加えはちみつの瓶を引き寄せた。
「お腹に優しいですし、栄養もありますから。あなたも子供の頃に食べたことはありませんか?」
そう言われても子供時代など遠く微かな記憶でしかない。
それにしたって、普通はおろし金ですり下ろすんじゃないだろうかと頭を掠める。
だが目の前の優しい微笑と、己の記憶の遠さに常識だと思っていたその事実にさえ自信がなくなってきた。
ホーエンハイムは黙ってリンゴをかじった。

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