大分昔のことだけど、幼馴染みの兄弟と三人で一緒に本を読んでいた。
その本は子供向けの本ではなかったけれど、きれいな色の繊細な絵がたくさん載っていて、文章の意味は分からなくても楽しかった。
大体、あの兄弟の家にある本は文章が難しいか絵が気味悪いかその両方かだったのでそれはとても珍しいことだった。
その本の中の一枚を指さして、アルは言った。
「これ、兄ちゃんに似てる。」
それは金髪の少女のようだった。真っ直ぐな金の髪に、白いバラの花冠を載せている。
その背には鳶色の翼が生えているから、天使だろうか。
透き通るような青空を背に、白い素足が緑の大地を踏んでいる。
「似てないだろ、全然。」
むっとした顔でエドは唇をとがらせた。
「オレよりウィンリィだろ、ほら、目の色も青いし」
「えー?そうかな」
「そうだよ。」
そう言いきったが、絵の中の少女の眼の色は分からなかった。
少女は何かを待つように祈るように、天を仰いで目をつむっているように見えた。
ウィンリィにはその少女がエドワードに似てるようにも、まして自分に似ているようにも見えなかった。
でも、エドワードが自分に似てると言ってくれたことは何故かひどく嬉しかった。
同時に凄く気恥ずかしさも感じて、半ば照れ隠しに次の頁を指して言った。
「こっちはアルに似てるよね。」
ふっくらまるまると太った可愛らしい天使の絵だった。
「ボク、こんなにぷくぷくしてる?」
情けない声で言うアルが面白くて、二人はつい弾けるように笑ってしまった。

その幼馴染みが実は女の子だったと知ったのは11歳の時だった。
片腕片足をなくす重傷を負っていたり弟の方が鎧姿になったり、国家錬金術師になるとか言い出したりと様々なことがいっぺんに押し寄せてきていた時期だった。
その所為かそれが何だ位のインパクトに薄められたが。
「…まあ今でも男か女か分からないしね…」
しみじみと薄い胸を見て呟く。
久々にいつものように何の連絡もなく唐突に帰ってきて、「整備頼むー」と言ってきた相手に景気よくスパナをぶつけて。
「いきなり何するんだ」と怒った相手に戻ってくるなら事前に連絡しろ、整備にだって準備は必要なんだ、ましてその機械鎧は高性能なんだから準備もそれなりなんだから、大体普段の整備も怠ってるんじゃないでしょうね、と至極真っ当なことをまくし立てたら口を噤んで大人しくなった。
右肩の機械鎧の接合部を見るために服を脱げと言ったら、相変わらず気前よく肌を晒す。
そろそろ胸は隠しても良い年頃だろ、と祖母がたしなめれば、こんなない胸隠したって意味ないだろうと返してくる。
アルフォンスは一応気を遣ってかデンと一緒に外に出て行った。
ピナコは頭を抱えていたが、ウィンリィとしては今更な気分だった。
「何か言ったか?」
「年の割に成長が見られないわねーって言っただけ。」
「悪かったな。」
背丈ではなく胸のことを指しているので怒らないらしい。その区別の仕方はどうだろう。
「良いんだよ、アルだって成長しないのにオレだけ先に成長する訳に行かねえだろうが。」
ぽつりとエドワードは呟いた。
小さな声だったが、ウィンリィはがんと突然殴られたような衝撃を受けた。
ぎり、と歯を食いしばる。
言ってやりたいことは山ほどある。
このバカは自分ひとりで色々と背負い込んで、かたくなにその荷を下ろそうとしない。
アルがそんな事を望んでいる訳はないのは端で見ているウィンリィにだって分かり切っている。
けれど、どんなに言葉を尽くしてそれを言い立てても、エドは静かに笑って首を振るのだろう。
だからウィンリィは軽やかな声で言ってやる。
「そんな事言って、アルが元の身体に戻った時にあんただけお子様体型だったらどうするのよ。」
「ああ?」
「年相応の身体に戻るのか、さかのぼって戻るのか分かんないけど。
でもどっちにしろ、アルならきっと背の高い良い体格に育つでしょ?その隣に貧弱なあんたが並ぶのはどーお?」
「う」
分かり易く言葉に詰まる。
結局の所、この幼馴染みの性別不詳な少女は言葉にも態度にも滅多に表さないけれども弟を何より愛しているのだ。
だからそこをつついてからかってやるのが一番良い。そうそうは見られない表情が見られて楽しい。
「…やっぱり、胸はあった方が良いものなのかな…?」
「んー、アルもやっぱり男の子だしねえ」
「男ってそう言うもんなのか?」
「さあねえ、あたしは男の子じゃないからよく分かんないけど。」
神妙な顔つきですとんとした胸を見下ろしているエドワードをしれっとからかう。
「本人に聞いてみれば?」
多分聞くまでもなくエドワードであれば豊満であろうが洗濯板だろうが関係ないとの返事が返ってくるだろう。
それを知らないのはおそらくエド本人だけだ。
「聞けるか!」
「んじゃ取り敢えず地道な努力をこっそりしてみるとか。」
「…参考までに、たとえば?」
「牛乳飲むとか。」
「却下。」
「あんたねー…」
弟への愛情より牛乳への嫌悪の方が上回ったか。
「今の話、アルには黙っておいてくれないか?」
はなから言うつもりもなかったが、ウィンリィは悪戯っぽく笑って言った。
「口止め料は高いわよ?」
大きく溜息を吐くと、エドはポケットから何かを取り出してウィンリィに差し出した。
「これでまけとけ。」
「何これ。きれーい」
手渡された六角柱の石をウィンリィは掌で転がした。
「拾った緑柱石だよ。きれいだろ。」
「緑柱石?青いのに?」
「微量の鉄分が含まれてるから青いんだよ。」
クロムが含まれれば名前通りに緑色なんだが、とそのまま鉱石学の講釈を垂れそうになるのを押しとどめる。
「拾ったって事はエドが錬成した訳じゃないんだ。」
「ああ。どういう訳か錬成しようとしてもこんな色は出なくてさ。」
多分この微妙なインクルージョンの所為なんだろうけどそこまでは再現出来なくて。
錬成出来なかったことを吐露しているのに、何故かその表情は悔しそうではない。
「きれいな空色だよね。」
遠い日に見た、あの絵の空の色によく似ていた。
透明でどこか懐かしい柔らかな色の石を光に透かす。ちらちらとかすれたような線が時折見える。
「磨いてピアスかなんかに加工すればいい。オレじゃその色は似合わないし。」
お前なら眼の色と合うから良いだろ、と言って笑う。
「そうね。…ありがと。」
胸の奥で微かに痛む感じがしたが、気付かなかったことにして礼を言った。

(291004)
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