「設問1。月は何でできている?」
「そんなもん。チーズに決まってるだろ」
書類から目を上げてマスタングはまじまじと目の前の最年少国家錬金術師を見た。
エドワードは古びた紙の束を読み続け顔を上げることもない。無表情に見えるが、その眉根がわずかに寄っている。
「それじゃ太陽は何なんだ」
「太陽はバタつきパンだ。パンとチーズがあれば弁当には事欠かない」
「飲み物も欲しいな。海の水が全てミルクなら丁度良い」
「おぞましいことを言うんじゃねえ!」
ようやく顔を上げてマスタングを凄まじい形相でにらみつけた。稀少な資料がぐしゃりと手の中で握りつぶされた。
ひらりと手を振ってあっさりと妥協する。
「それじゃあ変更、海の水は全てブドウ酒だ。それで良いな?」
「ああ、まあそれで良いんじゃないか?森の木はどうせ全部酢漬けのイワシだし」
「…この会話をそのまま上に提出しても大丈夫かな」
エドワードは身軽く立ち上がるとマスタングの机上をのぞき込んだ。ほとんど意味不明な単語がつらつらと書き連ねてある。彼が優秀な錬金術師であるにしたって、それを暗号と見なすには無理があった。
「清書用の紙は真っ白じゃんか。良いのか?もうすぐ中尉も帰ってくるんだろ?」
「やっぱり駄目か。」
「駄目だろ。大体月をピクニックの昼飯に食べてしまったらジャックとジルはどうなるんだ」
「そっちか?」
下書きを1枚取り上げて斜めにしてみたり裏返してみたりして解読を試みる。やっぱりエドワードの望む真理が隠されていたりはしないようだった。
「ジャックとジルは真っ逆さま。そう昔から決まっている」
もう一枚のやはり不明瞭な文章で埋め尽くされた下書きを紙飛行機に折って飛ばす。紙飛行機は幾分は宙に舞ったが途中で突然に糸でも切れたように墜落した。
「仕事をさぼったツケでな」
古謡からの引用で当てこすって、相手が言い返す言葉もなく黙り込むのに満足してエドワードは元の椅子へと腰掛けた。
いくつもの言葉が連想ゲームをスキップしているような脈絡でただひたすら続いていくのを眺める。マスタングの骨折りで入手した昔の人体実験レポートの写しなどよりは幾分楽しい。
「オレがそのままで提出したいかも」
「…私は駄目で君は良いのか」
「オレなら茶目っ気で通るかもしれないけどいい年したしかも大佐の地位にいるおっさんだったらどうよ」
「茶目っ気結構じゃないか!それに私はまだおっさんなどでは」
「街の学生さんの間じゃ20歳過ぎるとおっさんおばさんらしいぜ。容赦ないよな、学生さん」
ポケットから自前のペンを取りだして、更にいくつかの単語を書き付ける。
「土星と月の90度」
無意味さの増した紙を満足げに眺める。
「…さっきの話だが、月はやはりチーズではないと思うぞ」
マスタングは背もたれに深く身体を預け首をそらせて窓の外をちらりと見た。
「あの月を見ても君はチーズだと言うか?」
窓の外には昼間の蒼穹にぼんやりと白く月が浮かんでいた。月は紗のかかったような蒼に辛うじて見える。
エドワードはもう一度席を立って今度は窓際から外を窺い見た。マスタングの言うとおり、どう見てもチーズらしくはない。丸くもなければ金色でもない。
魅入られたように真昼の月を見るエドワードからはしばらく何の言葉も返ってこなかった。諦めてマスタングは新しい下書き用紙を取り出して、今度こそもっともらしい報告書の草案を作ってみようとあがき始めた。
それからどのくらい経ったのかかは分からない。だが中尉もまだ戻ってこないし書き始めた草稿も大概進んではいなかったのでそう大した時間ではなかっただろう。不意にエドワードがぽつりと呟いた。
「薄荷糖」
「何がだ」
「あの月。チーズじゃなかったら、多分薄荷糖だ」
マスタングが振り返ると、ぼんやりとした金の目はまだ月を見ていた。
「そうかね」
その輝きも不安定さも形容するなら地上に落ちた月としか言いようのない金の目から視線を空に移す。作り物のような月を見て、素直な感想を口にする。
「私には薄荷糖というよりアニス・キャンディーに見えるが」
「…腹減ってるの?大佐」
「そう見えるか?」
「しょうがねえなあ、ほら手ぇ出せよ」
内ポケットを探って鮮やかな色に塗られた缶を取り出しふたを開ける。差し出された手に薄い色の丸いキャンディーが転がり落ちた。
「…アニス・キャンディー?」
「丁度昨日買ったところだった」
いつまでも見つめているのも何なので、素直に口に含んだ。スパイスの香りと甘さが口の中に広がる。
「前に中央でもらった甘いものがさすがに底ついてさ。」
「…君が甘いものを好むとは知らなかった」
マスタングがそう言うと、難しい顔でエドワードは首を傾げた。
「普通に嫌いじゃないぜ?ただ、これはアルに言われて買っただけ」
「そうなのか?」
「非常食を常に携帯しておけ。オレは何に巻き込まれるか分からないから…だとさ」
どこか憮然とした表情で言う。本人としては不本意なのだろう。だがマスタングは弟君に全面的に賛成だった。
「ジャックとジルにもそのくらいの周到さがあればよかったのにな」
ほっとけよ、と呟かれたような気がしたが定かではない。執務室の入り口でホークアイ中尉がにらんでいるのに気付いてしまったので、他のことはもはや全て意識の外だった。
無論、薄ぼんやりとした月もそこには含まれていたことは言うまでもない。

(230907)
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