どうしてこんなことになっているのか、エドワードにはさっぱり分からなかった。
煩瑣な大総統府での用件をさっさと終えて後は退散するばかりだったはずなのに、呼び止められて引き留められ、何をするでもなくただひたすら四方山話に相槌を打っている。
四方山話とはよく言ったもので、話はあらゆる方面へとおよびとりとめもなくきりもない。その内容に興味を惹かれるものも中にはあったけれども、そのしっぽを捕まえようとすればするりと逃げられる。話題は次々と移り変わり真贋も判然としないものが多かった。問わず語りは決して嫌いではないが、今はアルフォンスも待たせている。
だが、相手が相手なので「時間の無駄だ、帰る!」などと席を蹴って立つわけにもいかない。
目の前にはにこにことやけに機嫌の良い大総統閣下が座っている。
これが大佐相手だったなら、遠慮なく席も立てた。その頃合いを見計らって相手もあの嫌みな口調で餌をちらつかせて見せただろう。
そうして釣られた振りで浮いた腰を戻して見せて、対話を続行してやるのだが。
大総統閣下を相手にそれではいくら何でもまずいだろう。だから、このくらいならば許されるラインを見定めて大きくため息をついた。
「ん?話は退屈だったかな?」
「いいえ、大変興味深いですよ。でもね、何分時間が惜しいものでしてね」
大総統本人ではなくその周囲が色めき立つ気配を感じた。
この程度は反抗のうちにも入らない、子猫がほんの少し爪を立てた程度にすぎないと大総統は理解しているのに周りはそうではなかったらしい。
エドワードはフンとそっぽを向いた。
「若いうちはそう言うものだね。時間が飛ぶように過ぎていく」
「そう思うならそろそろ解放していただけませんかね」
「まあまあ、もう少し待ちたまえ」
大総統は案の定機嫌を損ねた様子もなく、冷めた茶を口に運んだ。
「待つと何かよいことがありますか?」
言葉を返せば、かえって楽しげだった。興味なさそうだった子猫がようやく差し出したおもちゃに興味を示した、くらいに考えているのかもしれない。
猫の子ではなく獅子の子である可能性もあるのだが、それさえもこの人ならば面白がるだろう。
「ふむ。理由もなく待つことや耐えることは嫌いかね」
「嫌いって言うか…それって無駄でしょう?」
エドワードは首をかしげた。眉間にしわまで寄せている。
「どうなるか分からないものをじっとただ待ってるだけとかは、嫌いとか苦手とか言うより性に合いません」
「おお、言い切ったな」
大総統は手を叩かんばかりに上機嫌だった。相手の上辺だけで判断するような愚を犯すつもりはなかったが、どうやら掛け値なしに閣下は興を覚えたらしい。
「だが、君は耐えることは嫌いではないだろう」
「言い切りましたね」
同じ言葉で返せば隻眼がより細くなった。尾を踏んでしまったか、と内心で恐れたがそうではなかったようだ。
「待つことや耐えることは大事だよ。それを身につけることは決して無駄じゃない」
はっきりと目に見える結果が伴わなくても、それは無駄にはならないのだよ、としたり顔で言う。
「そうでしょうか」
「そう言うものだよ。自分が来ると予測できている『好機』ならば、君はきっといくらでも粘り続けることが出来るだろう。だが、はっきりそれと分かる好機が来るとは限らない。
大事なことは『それ』が本当に好機か否か見さだめる眼力を持つこと、本当にただ一度の好機が来たら逃さぬこと、…そして待ち続けることだよ」
「…形の見えないもの、来るかどうかも分からないものを待ち続ける忍耐、…ですか」
「うむ。多くの者は多分、漠然とそれを待っている。あまりに漫然とただ待っているだけなのでそれが手元に来たことにも気づかずにいるのではないかな」
「…大総統閣下なら、見極めることが出来ますか」
言葉だけをとってみればそれは挑戦的であった。しかしエドワードの口調にも表情にも生意気さのかけらもなかった。
純粋に、疑問に思ったことを口の端に乗せただけ。ただそれだけと言った風情だった。
鏡板のような光を返す金の瞳に、大総統の姿が映っている。
「…見極めることができたから、ここにいるのかもしれないと思うことはあるね」
金の瞳が瞬いて、意志が戻ってくる。
そろそろ頃合いだと大総統が側近に視線をやれば、心得た風に書類を差し出す。
「君の申請していた書類が整った。持って行きなさい」
「え?もうですか?」
受け取った書類をぱらぱらとめくっていくと、確かに一通り揃っている。
「いつもなら1ヶ月はかかるのに」
そして書類を待つ間にまた別の土地をまわっては彼の伝説の手がかりを探すのだ。
「何、いつもだってそんなに時間はかかってはいないさ。ただ君の手元にいくのに時間が少々かかるだけであって。何せ君の所在はなかなかつかめないからね」
「あ…スミマセン」
心当たりは十分にあるので取り敢えず謝っておく。改めるつもりはない。
「さて。これで君の用件は済んだだろう。行きなさい、弟君も待っているだろう」
「はい。ありがとうございました」
深く頭を下げてからエドワードは辞去しようとした。
その前にふと頭をかすめたことを質問してみる。まともな答えなど期待はしていなかったが、今なら聞いても叱られはすまい。
「大総統がその慧眼を得たのは、隻眼になってからですか?」
それはただの直感であり連想でしかなかった。
「君ならば両の眼で見ても見えるだろうね」
だから、苦笑混じりの答えにも何も違和感は覚えなかった。回答の体をなしていないようでいて、立派に疑問に答えてくれている。
むしろ破格の回答に思わず笑ってしまった。
取り巻きの軍人どもはそうではなかったらしい。困惑と苦渋を半々で割った表情で、最年少国家錬金術師が立ち去るのを黙って見ていた。
(アルに何て話してやろうかな)
書類を大事に抱え込み、彼らを後目にエドワードは弟の元へと急いだ。

(210708)
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