晴れの日だというのにどこか浮かぬ顔のエドワードの髪を、アルフォンスは上機嫌で梳いている。
別に兄とて本気で機嫌を悪くしている訳ではない。分かっているからこそ、アルフォンスの手元は軽い。
「兄さんにしては、珍しい色合いの服だよね」
「そうか?」
エドワードの答える声には色がない。うっすらとした諦観をまとった応えに、先を促すために質問を重ねる。
「綺麗だし似合ってるけど。選んだのはウィンリィ?」
「んー……どちらかと言えば消去法」
「は?」
エドワードは髪を結う弟の邪魔にならないよう、そっとテーブルに手を伸ばす。そろえておいてあった柔らかな色合いの翡翠のビーズを連ねたブレスレットを拾い上げた。
「この色が。どうしてもウィンリィの目には似合わなかったんだ。それであいつがすみれでオレが百合、メグがバラ」
「…ああ、そう言うコンセプト」
「そ。3人でおそろいだとさー」
淡い緑がかったシルバーグレイの裾を、エドワードは膝で蹴り上げた。まるで重さを感じさせないドレスの裾はなんてこともないようにふわりと浮いてまた沈んだ。
「メグのバラはすぐに決まったっけ。」
「それは分かるよ。見事な赤毛だもんねえ」
「合わせただけでも似合ってたしな実際。楽しみにしてな」
後ウィンリィも。小さく笑う兄は、結構楽しげだ。
「兄さんも、もっとそう言う格好すればいいのに」
「そういうって」
「今まさに。こういう格好」
「毎日どこかで式やってるってわけでもねえだろ」
呆れたように言う兄のセリフは、微妙にポイントがずれている。それは果たして意図してのものなのか、無意識なのか。アルフォンスでも判断がつかなかった。
まあ、兄の言うとおりこの小さな村では結婚式など滅多にないイベントで、だからこそ兄も滅多にないめかし込みを受け入れた訳だが。
ウィンリィと同い年のメグとは連れだって、完璧なコーディネートをするのだとあちらこちらに引っ張り回しては準備を進めていて、一体誰が花嫁なのだかとご近所の笑いを誘っていたものだった。
折角なのだからと律儀に付き合っていたエドワードだが、本当のところではやはりこういう方面のことには向いていないことも周りは十分承知している。
次から次へとなされる少女たちに提案に、ただなされるがまま頷くばかりで自分から何か提案しようとはしない辺りに限界が見えていた。
本当に、結婚式がうっかりなんかの事情で延期になったりしなくて良かったと、兄の精神衛生を慮ってアルフォンスは安堵したものだ。あの「前夜祭」がもう2〜3日続いていたら、さすがにエドワードも切れていたかもしれない。…切れたところで少女たちに勝てるとも思えなかったが、それはまた別の問題である。
「…うん、まあ。兄さんは兄さんの好きな格好をすれば良いとも、思うんだけどね」
「どっちなんだよ」
もう一度ドレスの裾を蹴り上げる。今度は内側のレースまでひらめいた。
「難しい所なんだよ、それが。結構なジレンマ」
「大袈裟な奴」
小さく喉奥で笑う。頭を揺らさないように気を付けるのを忘れないから、自然そう言う笑い方になるらしい。
「だって、そう言う女の子らしい格好の兄さんは、ボクにとっては世界の始まりみたいなものなんだから」
「……大袈裟って評価が上書きされたぞ、たった今」
器用にリボンを髪の毛に編み込んでいく手はエドワードからは見えなかったが、出来栄えに心配はなかった。自分でやるよりはずっと良いと言うことを重々承知している。
「冗談じゃなく、本気なんだけど。…、ほら、小さい頃って自分と世界の境界ってものを認識しないでしょ?」
「哲学か、形而上学か?」
「どちらかと言えば認識論かなあ。世界が広いとか狭いとかじゃなくて、自分そのものが世界って言うか。」
「赤ん坊の万能感?」
首を傾げようとして慌てて思いとどまる。丁度隠しピンを手にしていたアルフォンスは密かに胸をなで下ろす。
「そんな感じかなー自分以外の何かが自分の外側に存在してるって言う意識がなかったんだけど。兄さんも含めて」
「オレもかよ」
「そう。と言うか、兄さんは自分の身体の延長のような、外側にある自分のような。それがね、ある日違うって分かった」
「ふうん?」
「兄さんが女の子の格好してるのを見てね。あ、この人はボクと違うものなんだって、突如悟った」
「………なんつーか。そんな小さい頃からお前は大袈裟だったのか」
最後の仕上げの髪飾りが添えられた気配を察して、エドワードは自分でブレスレットを手首にはめた。涼やかな感触は嫌いではない。
「でも、ボクにとっては重要な事件だった訳だよ。一でしかなかった世界に、兄さんという二つ目のものを意識したそれが最初だったんだから。」
完成した髪型を崩さぬよう注意を払いながら、今度こそ首を傾げた。普段の無造作に括るか三つ編みかに比べると、ずいぶん髪の重みが増したような気がする。
「二つ目のものがあると認識したら、今度はボクと兄さんと以外のものも世界には存在していることに気付くんだ。ボクとも兄さんとも違う、色々な何かが僕らを取り巻いて、そしてそれはボクとも兄さんともまた違う。そしてボクの認識する世界はたちまち展開を始める」
「…そしてやがて、それら全てが再び一に収束するわけか」
「ああ、そうだね。かつて一にして全だった世界は、二つに分かれてそこから更に千々に分かれて、廻り廻ってだと全にして一認識されたわけだね」
もういいだろうと立ち上がった兄のドレスの裾を直してやる。すげない猫みたいに身を翻すと、エドワードは掛けてあったアルフォンスの上着を取ると弟に放った。
「結局戻ってきてしまうのか」
「いいや。分かってるでしょ、最初の「一」と行き着いた「一」は似て非なるものだって」
辿り着く必要はあったのだと、兄もちゃんと分かっている。兄は弟同様に、下手すればそれ以上に生粋の錬金術師だったのだから。
ただ、アルフォンスの言う事実も、今現在における現実も、認めるのが気恥ずかしいのだろう。
照れ隠しのように先に出ていこうとするエドワードに、アルフォンスはとどめをささんと追いかけた。
「だからね、兄さんが女の子の格好をすることは、ボクにとっては重要なことなんですよ?」
「ですよって何だ!ですよって!ああもう」
上手いこと先回りしてドアを開けると、結婚式には恰好の日和の、晴天が広がっていた。
「行くぞ、アル。遅れたりしたらウィンリィとメグにどやされる」
「うん。行こうか」
アルフォンスはエドワードの手を取って家を後にした。

(010812)
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