その街にただひとつの宿屋のおかみさんは、大層機嫌が良かった。
「何か良いことでもあったんですか?」
思わずそう聞いてしまったアルフォンスに、彼女は軽く首を傾げた。
「良いことって、たとえば?」
にこにこと笑顔のままそう聞き返されたものの、見当はつかなかった。ただ、エドワードはすっと小さく目を細めたのが少し気にかかった。
感覚的に、何かが引っかかる。そう言う時の顔だった。
おかみさんは親切で明るくて温かくて、悪い人のようには見えないけれど、とかえってそちらの方に意識が持って行かれてしまって「良いこと」の正体に集中できなくなってしまった。
でも兄は視線を下げてスープを口に運ぶことに専念し始めてしまった。仕方なく、アルフォンスは改めておかみさんの方を見やって観察らしきものを試みる。
けれども、今日会ったばかりの彼女と普段の彼女の違いなど、分かるはずもない。
「…嬉しくて仕方ない、何かがあった、…とか?」
「うーん、ちがうなあ」
踊りのステップでも踏むような軽やかさで、そう広くはない食堂を行き来する。くるっと振り向いて、また笑う。

「嬉しいから笑うんじゃないの。笑うから、嬉しいの。笑うから、楽しいのよ」

だから、いつでも笑顔でいるのよ。
エドワードのさじがわずかに止まった。
「逆じゃないんですか?」
アルフォンスは困惑した。
「そうよ。ねえ、考えてもごらんなさいな。あなたは何が楽しくて、何が嬉しいの?それはいつでも嬉しいことかしら?」
「えっと…」
「そりゃ、悲しくてしょうがない時や腹が立って仕方がない時もあるわ。でも、そんな時も笑ってみるの。そうするとね、不思議と「なんだそんなこと」って心が軽くなってくるのよ」
宿屋はほぼ1人で切り盛りしていると言っていた。笑顔の下に押しつぶしたものは、きっと無数にあるのだろう。
顔を上げて、笑い飛ばして先へと進もうとする彼女は、ひどくしなやかに見えた。
「泣きたい時も何でもない時でも笑っていれば、何とかなるような気がしてくるの。ほんの小さな、他の人から見たらつまらないことでも嬉しいことのような気がしてくるの。それって、得だと思わない?」
ポン、と軽くアルフォンスの肩を叩いて厨房へと戻っていった。
そう言うものかな、と一応は納得した。
「…損得で言やあ、確かに得かもなあ」
最後の一口をすくいきって、エドワードが呟いた。
「そうだねえ」

(でも、だとするとボクは)

笑おうにも笑えない、泣こうにも泣くことのできない鎧の身体ではどうしたらいいのだろうか。
鎧の身体になってからも、嬉しいことも悲しいこともつらいこともあったけれども、当然だけれども笑うことも泣くことも伴ってはいなかった。
笑うから楽しい、泣くから悲しい。
ならば、笑いも涙も伴わない、あの感情は表面にまとわりついただけの錯覚だったのだろうか。あるいは、作られた。
からになった皿に、空いたスプーンがからりと音を立てて置かれた。
沈んだ思考の縁から引き戻されて、アルフォンスは顔を上げた。
兄はどこか不機嫌に見えた。
「オレは、嬉しい時に笑って悲しい時に泣きたい」
ぽつんと小さく落とされた言葉に、一体どれだけの意味が込められていたのか、その時のアルフォンスには分からなかった。
「うん、兄さんはそれで良いと思うよ。四六時中機嫌の良い兄さんは不気味だから」
だから、幾分かの願望も交えてそう返すのがやっとだった。
泣きたい時に泣けない人で、素直になれないところがあるのは分かっていたから、あえて充分に揶揄をまぶしてやった答えに、案の定ふくれてくれた。
「不気味って何だ、不気味って」
「兄さんの場合、何か良いことがあったのかったってよりもむしろ良くないことたくらんでるんじゃないかって不安になるからさ」
「お前は兄ちゃんを一体どんな人間だと思ってるんだ!」
「あはは」
アルは軽く声を立てて笑った。

(080310)
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